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57.パゾリーニ、ピエル・パオロ『香るインド』 Pier Paolo Pasolini, The Scent of India, translated by David Clive Price, published by Olive Press, London in 1984.

scnetCCC.jpg 1961年パゾリーニは
モラヴィアと当時の妻エルサ・モランテとともに
インドを旅行する
パゾリーニはこの時39歳で
初の映画“アッカトーネ”を発表している
旅へでたきっかけはタゴールの記念行事に
招かれたことのようだ







 

   パゾリーニの文章は、詩的で、深く、難解だ。とくに初めの十数ページは何度か読み返さなければならなかった。しかし、パゾリーニのインドの旅の観察・感想は、その方向性において僕らの感じ経験するインドの旅に非常に近い。つまり、パゾリーニはインドについての蘊蓄を語ることもインドの大物との交流も書きはしない。パゾリーニを強く惹きつけるのは、インドの路上に生きる人々であり、軒をつらねる掘立小屋なのだ。裸足の人々を、まるで『聖書』の世界に生きる人々のようだ、とパゾリーニは驚嘆する。あるいは、パゾリーニはボンベイの夜の街を歩き、路上生活者の眠りは死者のように深い、と感想をもらす。それはパゾリーニの魂の鼓動が伝わってくるような文章だ。パゾリーニははっきりと述べている。「私は一人で、静かに歩きたかった。一歩ずつこの新たな世界を知ろうとして。まるでローマのスラム街を一人静かに歩いていたときのように」。

   印象的なのは、旅の途上、移動の間のちょっとした休憩時間においても、パゾリーニは、時間をみつけてはそのあたりを歩くことだ。パゾリーニは、まるで魂のロケハンを行っているようだ。パゾリーニはそんな路上散歩においてさまざまな出来事に出合う。ボンベイの海岸では、砂で拵えたヴィシュヌ神像と捧げものをする人々に惹きつけられてゆく。それは、生まれ育ったフリウリ地方で見た異教信仰の名残と似たものを感じる。あるいは、女の服をまとういい歳の男の狂った踊り(おそらく両性具有のヒジュラだろう)を目撃する。しかし、いくつもの路上観察・事件で圧巻なのは、死につつある女のかすかな声=歌を聞くことだ。それは、オーランガーバートからエローラに向かう移動の小休止における路上散歩において起こる。端折ながら自己流だが訳してみよう。

   「小道の向こう、つまり砂埃と沼地のなかに小さな石の家があった。石でできた階段、その上に老婆が敷居のように横たわっていた。老婆は硬く動かないように見えた。まるで悪夢を見るようだった。老婆は起き上がろうとしているようにも、またそうすることを諦めているかのようにも見えた。彼女が苦しんでいる、ことは明らかだった。痩せた子供のようでもあり、痛みの感覚をこらえ、仰向けになっていた。石床に横たわる首・頭を右左に動かしていた。
きらめく緑色の服は、前がはだけていて老婆の震える腹が露出していた。私の後に付いてきた子供たちも老婆に眼が止まりかすかな戸惑いを見せたがすぐに何でもないかのようなそぶりをするのだった」

   パゾリーニがこの老婆にさらに近づいてゆくと、老婆の口がわずかに動いていのに気付く。何と、死につつある老婆が歌を口ずさんでいたのだ。音節のはっきりしない老婆の歌は、パゾリーニにとって、インドのすべての悲惨とそれからの逃走のように聞こえるのだった。

   あからさまな死、インドならこのようなことに場合によっては出くわすことがあるだろう、と僕は思う。傍らの死、死の露出をインドの人々は手放さない。「いのち」とは何か、と問う劇場が、インドの道端にはまだまだ多く存在する。

   死につつある老婆は、パゾリーニにとってまるで聖人の死のようだ。横臥する聖人のイメージをパゾリーニは連想している、と僕は思う。聖人の歌は、この世の悲惨を見つめ「いのち」とは何かを語り告げている。聖人は、この老婆の死と歌のように、パゾリーニにおいては、もっともみじめな姿で現れる。ぶっきらぼうな残酷をのぞかせる老婆の死はパゾリーニにおける至上の美の表現だ。

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ピエル・パオロ・パゾリーニ
1992年ボローニャに生まれ、1975年ローマで殺害される
パゾリーニのスキャンダラスな死もこの本を読んでいると
パゾリーニの描いた聖なる絵のような気がしてくる

   『香るインド』は小さな本であるけれども(本文77ページ)、いのちの根源を問うような詩的な省察ばかりでなく、インドの社会についての批評を含む。インドのロータリークラブの人士とその眷属について、インドの金持ちは肥え太りその娘たちは醜く横柄である、といった感想をもらす。他方、貧民のウソは真実なのだ。あるいは、カジュラホーについて西欧的価値観においてもっとも美しい、と言ったりする。しかし、有名なエロチックな姿態を象るレリーフについての言及はない。僕には、パゾリーニの言っていることが、面白く魅力的なのだが本当のところは良くわからない。韜晦というのか、あからさまな、当然のこととしてある、誰も反対のしようがないことについて言葉に表すことをパゾリーニは避けているように思える。真実は、語られる言葉のなかにはなく、見出されねばならない、とでも告げられているようなのだ。

   ボンベイで始まったこの本の旅は、ワーラーナシーのガートで終わる。火葬される人体を目の当たりにしてパゾリーニが語る言葉は、「静かで、喜びにみちたコミュニオン(霊的交流、あるいは聖餐)」なのだ。インドで経験したもっとも奥深い感情とも、言う。しかし、そこには燃えあがる炎だけがあって、いかなる「におい」もない、と。ワーラーナシーのガートに遊んだことのある人ならば明瞭なことなのだが、「におい」のしないガートなどあり得ない。これもまた、パゾリーニの大いなる転倒、分からないところだ。『香るインド』は、「におい」のないワーラーナシーで終了する。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

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こんばんは!
へええ!!!パゾリーニのインド旅行記ですか・・・・。タゴールもパゾリーニもだいっすきです。(なんといっても一番好きな俳優が,ピエールクレマンテイと言うわけでありましてw。)

“聖”への巡礼なんだろうな,と言うことは容易にけんとうがつきますが,
「におい」のないワーラーナシーという,ところも (わたしにはほんとのところよくわからないのですが),なんだかパゾリーニらしい韜晦だな,と言う気がたしかにしてまいります。
“巡礼の無臭”,というのは,なにか,つねに西欧の文学者や芸術家がアジアマイナーからインド,インドシナへと巡礼の旅をし,いたる,そのあいだに,覺える葛藤,東洋の聖俗を体感するときにかならず表れでる病態というか症状というか,通過儀礼のような気もします。
(ってなんだか言葉遊びのようなことを書いて申し訳ありませんが)

もともと仏文学,それもキリスト教異端と文學についてまなんできたわたしは,前回の記事にも強く反応してしまいました(笑)。渡邉昌美の著作は,かつてはむさぼり読んだ思い出があります。
パゾリーニと瘰癧さわり,どちらもAugust Partyさんの非常に深いところでつながっていらっしゃるんでしょうね・・・・。
またまいります~。
(たまたま自分の知ってるところだけやたら示してすみません,ハズカシイデス)

お礼をひとこと

どうお礼をいうかと迷っていたらすでに追伸がとどき恐縮しています。
残念ながら、僕はピエールクレマンティも渡邊昌美も知らない・・・、めくら蛇におじずで、僕は恥おおい書評めいたものを書いているのだなー、と。しかし、一人でも僕の文章を読んでくれている人がいると思えると何だか嬉しくなります。丁寧で心遣いあふれたコメントありがとう。
プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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