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53.バシャラト・ペール『夜間外出禁止令、生活・愛・戦争のカシュミール最前線からの回想』Basharat Peer, Curfewed Night: A Frontline Memoir of Life, Love and War in Kashmir, published in the United States by Scribner in 2010.

curfewed night
カシュミール出身の若いジャーナリストの書いた
『夜間外出禁止令』という本は
前半の自伝的回想と
後半の現地レポート・インタビュー
によって構成される
分かりやすい語りを通して
カシュミールの近年の苛酷で凄惨な歴史と
人々のサバイバルの証言を読むことができる

もしこの世に天国に近い場所があったとすれば
カシュミールであったかも知れない
そのカシュミールが
ある時 地上の地獄と化したのだ

遠い昔 カシュミールは
仏教王アショーカの版図であり
多くのヒンドゥーのパンディット(学僧)を擁し
シーク教徒とも混じり
つまり 多宗教を許容する
独特な色彩をもつイスラム文化の土地だった

高度な調和のうえに成り立つために
簡単に破壊されるさだめを
度重なる侵略・略奪を蒙ったインドと同様に
カシュミールは耐えている

救いは 著者のストレートな若さであり 
それでもサバイバルしてゆく人々の姿だ


  この本は、カシュミールで、この二十年間に何があったのか、何がおきているのかを若いカシュミール出身のジャーナリストが伝えた報告書だ。前半は、著者の自伝的回想、後半は故郷カシュミールへの旅と紛争に係った多くの人々へのインタビューによって構成されている。非常に素直な文章なので分かりやすく、また文学的でない分、当地の苛酷な現実、悲劇としかいいようのない民族と文化の破壊の様相がじかに伝わってくる。

  著者にとってのカシュミールとは、小麦・からしの畑が広がり、リンゴの木、ポプラの並木のある、柳の森の土地だった。80年代、彼の生まれた村には電話がなく、かろうじて数件の家がテレビをもっているにすぎなかったのだ。銀行強盗が守衛を殺害し、それが大事件になるような平和な時代だった。

  僕たちが、カシュミールへの入境が難しくなってしまったのはいつ頃からだろうか。この本をたよりに思い返してみるとガウカダル橋の虐殺、1990年1月19日が、ひとつの転換点のようだ。しかし当時の雰囲気は、数年のうちにカシュミールは独立できるのだろうという楽観的な雰囲気が強かった、と言う。中学生だった著者は、暇なイスラム戦士とサッカーをしたり彼らのカラシニコフを見せてもらったりした。姪っ子がパキスタンに越境しゲリラ戦士となって戻ってくるが(93年死亡)、著者は、すんでのところで戦士の道を歩まず、法律を学びに北インドの大学に赴く。そこで、著者はカシュミールとは違った世界、カシュミール駐留インド兵とは違うインドの人々に触れる。

  本の後半、カシュミールへの旅とインタビューは、幼なじみの結婚披露宴、悪名高い拘置所パパ2における拷問とサーバイバーのその後の人生、インド国会襲撃事件(2001年12月)に関連して逮捕された知人の教授めぐる一連の公判、嘗てのウルドゥー語教師との悲痛な再会、株式投資会社を起こしハッスルするおさな馴染み、等々と盛りだくさんだ。思いもよらない仕方で、いくつもの人生が紛争によってさまざまの変形をこうむった。彼らは人生の可能性を広げたのではなかった。多く人がサバイバルだけに必死だった。人々は武力衝突、報復と拘束に怯える毎日に疲れ、束の間の平穏を何よりも貴重であると感じたのだ。僕はこの時ばかりは、今の日本の平和の恩恵をしみじみと思った。
  著者は、カシュミールのあまりにも苛酷な現実に直面し、何度も執筆を断念したくなる。そしてそこから立去ろうとする。シュリーナガルで非常に苦労の多いい医療活動を続ける医師は、著者をつかまえて「逃げるな」と諭す。逃避したい気持ちととどまるべきなのかという誰かの声の間で、多くのカシュミール人のこころは揺れているのだろう、と思った。
  そんな暴力的な風景のなかで、僕にとって息抜きになり爽やかな印象を残したのは、著者が現地の考古学者と遺跡を訪ねるシーンだった。僕はすっかり忘れていたのだが、嘗てカシュミールは仏教の栄えた土地だった。カシュミールは遠い昔、アショーカ王の版図であったのだ。シーク教徒の領主がおり、またカシュミールにはヒンドゥーのパンディット(学僧)の伝統も受け継がれてきたのだ。さまざまの宗教が歴史的に折り重なり、またその多宗教の共存を許容する独特な色彩をもつイスラム文化の土地だった。

  調和を破壊し、憎しみ殺し合い、生活を根こそぎにしてしまうものは何なのかを、この本は繰り返し問う。1947年の分離独立時の経緯、旧宗主国英国の思惑、インド・パキスタンに挟まれたカシュミールの地政学上のポジション、人々の自由と独立への思い、原理主義的なヒズボラによるJKLF(ジャンムー・カシュミール解放戦線)の主導権の奪取、インド国内におけるヒンドゥー至上主義の隆盛、独立派解放戦士とインド国軍との攻撃と報復の暴力の連鎖、等々この本を読み終えるとさまざまの理由が思い浮かぶが、それらは複雑にからみあっていて単純化が難しい。捩れてからまった糸を解きほぐそうと思うのだけれども、どんな背景も捨象できないように思えるのだ。

  この本の救いは、若い著者のストレートな強さであり、それでもなおサバイバルしてゆく人々の姿だ。著者はふと漏らす、カシュミールも自分もすっかり変わってしまった、と。そして、拷問で性的能力を失ってしまった若者に「絶望は罪である」というムハマンドの言葉を囁く。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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