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50.ムンシ・プレームチャンド『横領』、Munshi Premchand, Gaban, First published in India 1931, Published in English by Pustak Mahal 2011.

gaban.jpg 電子書籍で読むことになった
ムンシ・プレームチャンドの『横領』は
はじめ少し読みづらく 落ち着かなかった
しかし 読み進むにつれ ふっと気がつくと
僕は プレームチャンドの
小説世界のなかに飲み込まれていた
僕はこの本を読みながら
インドの物語の豊かな伝統をあらためて感じた

人はなぜ 横領・不正に手を染めるのか
プレームチャンドの答えは
勧善懲悪を超え より深い洞察と批判を
つまり 弱い人間 ダメ男と
超越的で霊的な力を顕現する女との
愛と戦いの物語に繋げてゆく

ダメ男のケチな不正の向こうに
権力への邪な欲望 巨大な悪が立ちはだかる
女神ジャルパとムスリムの娼婦ゾーラは
その難局をどう打破してゆくのか
彼女たちの手にする武器は何なのか
女たちは 身分・階級を無化し
優しく手を取り合う

しかし それにしても
プレームチャンドの楽しさ・大きさ・勇気は
いったいどこからやってくるのだろう
僕は 少し性急に結論づけたくなる
つまり プレームチャンドは 民衆とともに生き
民衆を信じ切っているからだ と


   この本は、いきがかりから電子ブックで読むことになった。というのも、プレームチャンドの英語古書価は随分高いのだけれども、キンドル版電子書籍はびっくりするぐらい安い。それで、ためしに端末を購入し読み始めてみると、やはり何だか落ち着かない。辞書機能はすごく便利だが、(僕の場合)書き込みの機能は使いものにならない。そんなことはだいたい分かっていた。一冊を読了して思うのは、好き嫌いは別として、これからは段々と電子ブックの厄介にならなければならなくなってくるのだろう、ということだった。

   ヘーゲルは、インドは物語の宝庫であると言った(『歴史哲学講義』)。『屍鬼二十五話』(東洋文庫)やボリウッド映画を持ち出すまでもなく、インドの豊かな物語の伝統は明らかなんだろう。そんなことを言うのも、このムンシ・プレームチャンドの『横領』も、物語を読む楽しみに充ちているからだ。とにかく読んでいて読者を飽きさせない。物語の次の展開に引きずられてどんどんページが進む。そして残りのページを読むのが惜しくなるのだ。・・・面白すぎる本が、必ずしも読書の醍醐味だとは思っていないのだけれども、プレームチャンドのこの本は、ただ面白いだけでは終わらない。プレームチャンドは、非常に巧みな物語作者だ。しかし、彼には倫理的な骨があって、つまりインドの人々の現状をどうにかしなければならないという思いが強く、それが物語の気品を高く保っているように思える。

   人はなぜ不正(横領・賄賂等々)に手を染めるのか。
この小説の主人公ラーマの犯す横領は、悪人といよりはごく普通の「いい人」による横領だ。ラーマは骨というか信念に欠ける分、すごく優しくて妻や、母への優しい気持ちが、横領という間違いを曳きよせてしまうのだ。
   逆に、ラーマの父は、裁判所で働く僅かな収入で満足する謹厳な人物で、賄賂の役得に与かれる立場にありながら、絶対に不正に手を染めない。不正は、人の道ではなく、かつ不正によって人は幸福を得られないという信念をもつ。ラーマの大学授業料が払えなくなっても、きっぱり学業の継続を断念させる割り切りができるのだ。しかし、どうなんだろう、この小説の主役は、謹厳な父ではなく、やはり友達を多く持ち、チェスの名手であり、嘘つきで見栄っ張り、しかし女に優しいラーマでなければならないのだ。プレームチャンドの柔らかな心と文学の奥行が僕はいいと思う。ラーマの弱い心に僕と遠くない人間を感じるけれども、それはプレームチャンドも言うように、非常にリスキーなことかも知れない。
 
   優しい気持ちからラーマの横領が始まるとすれば、後半は、権力への野望、これもまたおおきな不正をつくる、という話になる。偽証によって事件をデッチあげ、警察機構が手柄をあげ、昇進の道を切り開こうとする。権力への野望を、プレームチャンドは静かな怒りをもって断罪する。それは、正義が勝つという民衆の願望・夢を語っているようだ。批判はいくらか外在的で、この小説は権力への野望の中味をリアルに語ってはいない。

   権力への邪な野望に燃える者などは、プレームチャンドの小説などまじめに読まないからいいのかも知れないが、それでは、プレームチャンドにおける正義はどこにあるのだろう。ラーマは、心優しい男だが信念がない。状況に流されてゆく。それが人間らしく、この小説の魅力でもある。しかし、流されてばかりでは、正義はすたれ世は乱れる。この小説が非常に面白いのは、実は、正義にもっとも近いところにラーマの妻ジャルパが聳えたつところなのだ。

   ジャルパは、何不自由なく育ったいわば箱入り娘で、宝石が大好きなインドのごく普通な娘だった。しかし、ジャルパには、不思議な能力と強さと美しさがある。ジャルパの見る夢は、ラーマの小悪事を見逃さない。ジャルパは、しきたりよりは道理で動く。義理の両親に隷属しないのだ。ジャルパは、またダメ男のラーマを愛する能力をもつ。しかし、彼女はラーマを愛しつつ彼の不正・誤りを毅然として正すのだ。そしてジャルパは何よりも貧しく虐げられた人々を献身的に援助する。プレームチャンドは、ジャルパを描きながらジャルパという女を尊崇しているようなのだ。プレームチャンドが、自らの考える社会正義を実現する理想の戦士を、ムスリムの娼婦ゾーラとの連帯も含め、女に求めるのは、とても素晴らしい創造だと僕は唸ってしまう。 

   この小説を読みながら、プレームチャンドの小説がとても温かくて貴重のものに思ってしまうのは何なのか、僕はしばしば読書を中断して考えた。その答えには、いくつもの見方・感じ方がありそうだが、今の僕は、プレームチャンドの民衆性、ということを思う。プレームチャンドの小説には、孤独感というものをあまり感じない。離ればなれになった人を思う気持ち、金策に行きづまり途方にくれる姿、不幸な母親への思いやり、苛酷な運命に耐える人々への思いはあっても、つねに民衆とともにプレームチャンドは生きている。多くの人々の幸福と不幸にプレームチャンドは繋がっている。僕は、それが決して押しつけとしてではなく、ごく自然に感じとれるのは、プレームチャンドがきっとそれらの民衆を信じきっている、からなのだろうと思うのだ。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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