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48.U. R. アナンタムールティ『太陽の馬』、U. R. Anantha Murthy, Stallion of the Sun, Edited and translated from the Kannada by Narayan Hegde, Published in English by Penguin Books India 1999.

stallion+002convert.jpg カンダナ語で書く文豪アナンタムールティは
この短編小説集『太陽の馬』で
南インドにおけるバラモン達の
俗っぽい姿を物語る
アナンタムールティが得意とする
バラモン達の極度の洗練  穢れへの忌避
はいささか後退しているのだ
それは  がめつくしっかりと集金に励む
ヒンドゥー寺院の姿であり
ア-チャーリア(導師)として尊敬を集めていた
父親の 陰影に富む女性関係であり
ロンドンのぼったくりバーで散財する
寂しいインド人研究者の姿だ
表題作「太陽の馬」は
思春期の悪友について物語だ
バラモン達のゆるやかで洗練された時間と
その崩壊の兆しを
また 規範を失い人々が漂い始めた姿を
類まれな美しい一幅の絵に仕上げている


   V. S. ナイポールは、アナンタムールティの処女作『葬儀(サマスカーラ)』Samskara、1965について『インド-傷ついた文明』(岩波書店)でつぎのように書いている。①『葬儀』は難解な小説である、②これをバラモンへの攻撃であると受け取る人々がいる、③六十年代の小説とは思えない古風な雰囲気がある、と。①の小説の難解さとは、カースト・汚染・業(カルマ)と言ったインド人以外には到底理解できない前提をこの小説もっていることを指しているのだろう。②のバラモンへの攻撃は、政治的な立場を優先する強引で単純な見方だと考えていいが、ただナイポールは、南インドにおける反バラモン、反アーリア人、反北インドの強烈な感情と風土を忘れるべきではないと言っている。③の古風な雰囲気についてナイポールはあまり多くを語っていない。しかし、これこそがアナンタムールティの小説の特長を形作るものであり、インドの上位カーストの極度の洗練(あるいは穢れへの怖れ)を表現しているものだと僕は思っている。

   『太陽の馬』は、六十年代から八十年代に発表された七つの短編が収められている。『葬儀(サマスカーラ)』は、ナイポールの言うように、古風な雰囲気を十二分にたたえ、つまり南インドにおけるバラモンの純潔種がもたらす極度の洗練とそのひび割れ、崩壊の兆しを表現していたのだけれども、逆に『太陽の馬』に収められた短編は、総じて彼らの俗なる部分、実際の生活の姿を伝えているように思える。
   「おしだまる人」Mouni、1972では、同じバラモンの地主であっても、抜け目なく経済的な成功をおさめる者と、そうではない者を描いている。ヒンドゥー寺院の布施取り立て人(あるいは地代なのか)は、金策に奔走し疲れきった主人公を容赦なく追いつめる。「空と猫」The Sky and the Cat, 1981では、死に際した父の枕もとで、父の親交のあった者が集まり息子にさまざまなことを語り伝えるが、それはバラモンの洗練された生活や儀礼を示唆するのではなく、金と女と新思想(マルクス主義)なのだ。とりわけ父親が妻以外の女たちと親密な関係を持ち続けたといいう話が、息子に謎めいた影を落とす。
   さらに俗な面を物語っているのは、「ぼったくりバー」Clip Jointだ。この短編は、著者の研究者としての英国滞在とかなり重なっているようだ。・・・反アパルトヘイト団体の集会で知り合った英国人と主人公は、ロンドンの一夕をともに過ごす。公園を歩き、チューブに乗り、ピカデリーサーカスを見物し、パブでビールを飲む。英国における個人主義のあり様とインドにおける大家族主義について意見がかわされ、そんな会話の中に「ここでのひと月のたばこ代は、母親のひと月の生活費を超える」というような思いにとらわれてゆく。酔いがすすむうちに主人公は段々と大胆になり、「今夜は冒険をしたい」というようなことを言いだし、気が付けば二人はナイトクラブの個室にいる。

   ニロッド・C・チョウドリーの英国旅行記『英国への道』A Passage to England, 1959 が、英国の厚みをもった歴史や文物、またインドにおける英国人とは違った英国人の発見とその興奮によって、故国の貧困と停滞を完全に忘れ去っているのに比較すると、アナンタムールティの英国は何とも憂鬱だ。英国でのひと月のたばこ代が、故国における母親の生活費と比べられ、学業にも仕事にも身の入らない弟が、母のなけなしのとらの子を騙しとろうとしている、ことに心を悩ませる。主人公のケーシャブは、ずっと故国をひきずっている。

   冒頭の短編「葬送」Bharathipura, 1973は、バラモンの未亡人が不倫する話だ。未亡人の苛酷な境遇も、プレームチャンド以来繰り返し取り上げられる現代インド文学の主題のひとつなのだろうが、アナンタムールティの取り上げる未亡人は、そんな伝統のなかでも切り口が非常にラディカルだ。アグラハラ(バラモン居住村)の澱んだ時間のなかで、カースト的自己同一性の喪失とひきかえに、「再び人間になろうともがいている」(ナイポール)女性の姿が認められるからだ。
   ところで、この本の注にある正当バラモンの未亡人の境遇はすさまじい。未亡人は、くすんだ赤の粗末なサリーのみを着衣し、髪を剃髪し、額にクムクム(朱色のマーク)を付けてはならず、一日一食、そしてすべての楽しみごとから遠ざからなければならない。

   この本の表題にもなっている「太陽の馬」Stallion of the Sun, 1975は、少年時代の悪友と数十年ぶりに偶然再会するに物語だが、まことに味わい深い。市場で出会った二人が、数キロの道を歩いて悪友の家を訪ねるゆるやかな時間の流れに僕は驚く。途中、老衰し寝たきりになった老人を訪ねるくだりも不思議な感興をもたらす(何のために、どんな利得があってその悪友は老人を訪ねるのか)。彼の家につくと懇ろな饗応をうける。悪友と妻は饗応の手順について言い争いまでするのだ。食事、昼寝、悪友によるオイル・マッサージなど、どれをとっても伝統がもつ洗練した仕種に僕は陶然とする思いだ。しかし、それらの調和も、家の問題児の息子が闖入してくることによって調子が狂ってくる。息子は、家の庭にある古い木を切り倒してしまう。

   V. S. ナイポールも故郷のはかない人生について語る。たとえば『インド-闇の領域』(人文書院)では、不良青年のラモンについて回想する。ラモンは、超難関の留学生試験にパスしたナイポールとは違って、車をぶっ飛ばすしか能のない不良青年だ。ナイポールには作家となることへの使命があったが、ラモンには社会的な成功への意志がない。彼の欲望はつつましく、彼の人生の一コマ、一コマが悲しい。ナイポールは、ラモンのはかない人生と無意味な死を同情の言葉ではなく、静かな怒りでもって語るのだ。

ナイポールのラモンと「太陽の馬」における悪友、ヴェンカタは、無論違うタイプの人間だ。しかし、ラモンはナイポールらしいし(つまり越境者の孤独で無意味な死)、ヴェンカタはとてもアナンタムールティらしい。ヴェンカタは、南インドにおけるバラモンの洗練された世界・秩序における道化のようであるのだけれども、その世界は死にかけようとしていて、ヴェンカタの息子は苛立ち、ふて腐れている。

Ananthamurthy_convert.jpg 
U. R. アナンタムールティ
1932年、シモガ近郊の村に生まれる。
正式には、Udupi Rajagopalachrya Ananthamurthyという。
アナンタムールティは  カンナダ語で書く作家だ。
カンナダ語は、カルナタカ州を中心に話されているドラヴィダ系言語で
6000万人の話者をもつという(『太陽の馬』に付された解説による) 。
二年前、バンガロールからマイソールまで一等の列車に乗った。
その時、一等客室の全員が、かなり年配の女性も含め
英字新聞を読んでいた。
マイソールでオートリキシャに乗ると、
運転手は例外なくカンナダ語の新聞をもっていた。
本屋に入ると カンナダ語の本の棚より英語の
方が充実している感じだった。
カンナダ語の文字はマハーバリプラムの彫刻のように
丸みをおびていてとても優しい。
一言も解せないがカンナダ語の本を手にとり、
その何とも可愛らしい文字面をしばらく眺めていた。


  ところで、「太陽の馬」Stallion of the SunにおけるStallionというのは、辞書をひくと「種馬」と出ている。去勢されざる、品種血統において抜きんでた馬、とは一体何を表徴しているのだろうか。ヴェンカタと語り手は、思春期のころ太陽に輝く「種馬」の美しい姿を通学途中で見た。再会の夜、二人はそんな思い出を語りあうのだ。・・・実際の人生の行路は限られている。ヴェンカタの生き方も、主人公の教師の職も、このようにしかならなかったのだ。ヴェンカタの息子がいくらふて腐れ反抗を繰り返しても変わらない。しかし、若かったころ二人が見た「太陽の馬」の輝くばかりの美しさは、一体何であったのか。二人は、超越的な力と自由を確かに目撃したのだ。しかし、ひょっとすると「太陽の馬」は、若い二人にしか見えなかったのかも知れない。今の二人は、回想するだけなのだ。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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