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18.アミット・チョウドリー『不死の神々』Amit chaudhuri, The Immortals, New York 2010, Vintage Books, First published in Great Britain 2009 by Picador.

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チョウドリーは、インドの音楽への愛を書かないではいられなかった セミプロの歌手の母、バンドをやりながらサルトルを読む息子、そして音楽の師 かれらが作る時間と季節の移り変わり カルカッタからボンベイへ 音楽への静かな熱狂をチョウドリーは、小説という形に刻んでゆく

 




  チョウドリーの小説を読むのはこれで三冊目になるけれども、この『不死の神々』は、これまで読んできたチョウドリーと少し変わった印象を僕はもった。どこが違うのかぼんやり考えていたら、二つ、三つの特長が頭に浮かんできた。一つめは、主人公のニルマリアの家族が、ボンベイのコンドミニアムに住むニューリッチで、今まで読んできたつましい中産階級の家族ではないことだ。二つ目は、音楽への静かな熱狂が全編にあって、存在論的とでも呼びたくなるチョウドリーの文体がいくらか後退しているように思えることだ。

  若いころチョウドリーは、北インドでインド古典音楽を修業した。また、最近はロック風インド音楽のCDを何枚かだしている。音楽への拘りは相当であることは分かっていた。しかし、これまで読んできたチョウドリーの小説(『新世界』A New Worldおよび『自由の歌』Freedom Song)では、音楽の扱いはごく僅かで、魅力ある脇役のようなものだった。それがこの小説では、ひたすらインド音楽への愛を、音楽を愛する人たちを、彼らの静かな熱狂を歌い上げているのだ。インドの音楽が好きな人には、すごい情報源であり、またたまらない魅力をもった小説だと思う。残念ながらこの小説に出てくる歌い手でいえば、ラータ・マンゲルシュカルぐらいしか僕には分からなかった。
 
  マリカ・セングプタは、ベンガル育ちのセミプロの歌手だ。家柄はいいのだろう。育ちの良さなのか彼女は異常なほどに優しい。彼女の父親が死に、家族が経済的に傾きかけているとき、幸い稼ぎの良い男と結婚する。夫は、外資系のHMV軽音楽部の幹部社員なのだ。運転手付きの白いメルセデスが会社から貸与されているが、夫の仕事についてはあまり語られず家族思いの穏やかな父親である以外、存在感に乏しい。マリカの音楽の師がシャムジだ。シャムジの父親は、偉大なパンディットの歌唱の伝統を引き継ぐ者で熱狂的なファンをもっていた。マリカの一人息子ニルマリアはシャムジに何か通じ合うものを感じ、師として尊敬の気持ちを抱くようになる。母親のマリカと息子がシャムジと交流してゆく姿がこの小説のメインストリームなのだ。やがてその息子ニルマリアが、友達とロックバンドをやりながらも、より精神的な価値に目覚めてゆく。サルトルや西欧哲学の読書にのめり込んでゆくのだ。最後、シャムジが病に倒れる。ニルマリアは哲学の勉強のためにロンドンに旅立ってゆく。

amit c.
▲アミット・チョウドリー
1962年カルカッタで生まれボンベイで育つ。高等教育をロンドンで受ける。
『新世界』で2002年度のサヒティア文芸賞を受賞。
オックスフォード、コロンビア、ベルリン自由大学等で現代文学を講じる。
小説執筆のかたわら、実験音楽の活動をみずから勢力的に続けている。
写真 Rolling Stone India より
 

  「マリカの声は素晴らしいが彼女のベンガル訛りはどうにかならないか」とか「どうしてもっとグルは古典音楽を演奏しないのか」、とか「ヒンドゥ歌謡のキンキンした高音だけがインドの歌曲ではない」とか、インドの音楽をめぐる発言は、インドの音楽をほとんど知らない僕にも何か楽しい。そして、我が国の音楽状況にはない親密でほんものの関係をそこに感じはじめるのだ。お稽古ごとの音楽や、孤独な趣味として音楽、あるいは音楽学校の権威、教養主義的クラシックコンサートといった風景からは感じられないほんものの楽しみと、音楽技術を切磋琢磨する人々がいるのだ。マハラジャからごく普通の庶民まで、皆が音楽を愛している。音楽は、少なくとも多くのインドの人々にとっては、かけがえのない究極的な生の喜びの源泉である。インドの人々は容易には彼らの音楽を手放さない。インドの生活の様々な場面で、それを感じる。そして、そういうインドに僕は惹かれてきたのだ。しかし、この小説は、インドの音楽の深い喜びを語っているとともに、効率や経済、金のために音楽が力を失い堕落してゆく恐れを語ってもいる。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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