FC2ブログ

16.ナイポールによるガンディーとチョウドリー① V. S. Naipaul, A Writer’s People; Ways of Looking and Feeling, First published London 2007 by Picador.

writers+people+ddd.jpg 
ナイポールの2007年に出版された『作家と人々』におけるガンディーと ニロッド・C・チョウドリーの記述が 気になっていた その箇所を読み返しながらガンディーの奇妙な発明家の肖像と チョウドリーにおける挫折と屈折を考えなおしてみた さらにナイポールの表現に隠れているある柄のようなものを探ってみた 
 




   ナイポールは、自らが読み考察し言及する作家と、そうはしない作家をハッキリと分けている。取り上げないと決めた作家は、たとえ付き合いがあったとしても何も言わない、という風だ。たとえばポール・セローの本にたいしてナイポールは一貫して冷ややかだ。セローがナイポールを文学上の師と崇め、ナイポールに関する本までだしているにもかかわらず、である。
   しかし、ナイポールはガンディーについては繰り返し語っている。ナイポールは、ガンディーの『ガンディー自叙伝1、2 真理へと近づくさまざまな実験』(東洋文庫、以下『自叙伝』と略す)にたいして厳しい見方をしているけれども、今回読み返した『作家と人々』でも、ガンディーの『自叙伝』を何度も読み返し、またあるところでは『自叙伝』を自伝の傑作とも言っているのだ。

   ナイポールのガンディーへの言及は、否定的で辛辣だ。極論すれば現代のインドにおけるすべての不幸はガンディーに起因する、かのような書き方だ。ロンドンにいた三年間、若いガンディーは真面目に法律を学んだ。英国法とラテン法を、ラテン法についてはラテン語で勉強した。しかし、ロンドンでは現代文明についての観察を怠り、菜食料理ばかりを探しまわる。菜食に関する記述が多いいわりには、首都の近代文明への言及はきわめて少ない。中国やイランの欧米渡航者達が、必死になって欧米の近代から学ぼうとした姿勢がガンディーにはないのだ、とナイポールは断定する。バイオリンやダンス、雄弁術のレッスンをガンディーはロンドンで受けていたが、それはグジャラート人が考える教養の延長線でしかなく、近代文明なるものを学習しようとしていたのではなかった。

   ナイポールはガンディーの不思議な魅力、そしてその絶大な影響力について考える。繰り返し『自叙伝』を読み、いろいろな書き方でガンディーを捉えようと試みる。そしてナイポールは、ガンディーの感覚・ものの見方・行動の根本にあるのは、「百姓」(peasant)と何ら変わらないのだ、ということを発見する(ネルーも同じ観察を述べている)。ガンディーの「百姓」は、民衆へのオーラを放ちつつ桁外れのスケールをもち、また法律家としての知的武装を行ってはいるけれども、ガンディーの根本にあるのは「百姓」なのだとナイポールは確信するのだ。
   ところで、ナイポールがガンディーをさして確信した「百姓」とは一体どんな人々なのだろうか。この「百姓」についてナイポールが明確な定義をくだしているわけではない。そこで「百姓」についてのナイポールのイメージを僕なりに追っていくと、それは自らにとって絶対的に自明なものしか信用しない頑迷さ、いくつもの要素を組み合わせた複雑な現代の仕組みを拒む保守性、単純なことを飽きもせず繰り返し行える忍耐、というようなことが思い浮かぶ。ナイポールはガンディーに見てとっている「百姓」とは、そんなことに濃淡をつけて語っているように思えるのだ。

   ナイポールが取り上げるガンディーについての論点は、どれも興味深い。例えば、会議派の大会におけるトイレの清掃問題。これは、清浄なる食物を求めるガンディーの衝動と対をなす問題として僕は十二分に考えてみたいのだけれども、ひどく難しい。また、ガンディーは、故郷のラージコートで母親から学んだヴァイシュナヴァ派の素朴な信仰に、欧米の思想を接ぎ木する(ナイポールは、ソローの『森の生活』や、ラスキンの著作が、インドの貧しい民衆にとって何の意味があるのかと怒りをもって批判する)。これもひどく興味深いが、今の僕には準備がたりない。しかし、ガンディーの南アフリカ体験については、どうしても立ち止まって考えてみたい気がする。

   ガンディーにとって二十年にもおよぶ南アフリカの経験は、苛酷なものであったはずだ、とナイポールは言う。英国よりも人種差別の強度は遥かに熾烈であり、より直接的な暴力の危険にも晒された。『自叙伝』において「異常なほどの人見知り」が(これも繰り返し語られるテーマだ)、闘う人間に変身してゆくところが僕には非常に面白いけれども、ここでもナイポールの言い方は難解なのだ(ガンディーにおける南アフリカの異郷体験とナイポールの故郷喪失者の影が響きあっているからなのだろうか)。ガンディーは、南アフリカでの経験を通してインドの伝統から少し離れたところへ向かっていく。重要なことは、十数年してインドに戻ったガンディーがインドで感じ見たことをすべてが当たり前のこととは思えなくなっていたことだ、とナイポールは指摘する。インドにおいて当たり前のことが、インド以外の国々では受け入れられがたいことがあることを、ガンディーは気付く。さらに今回の再読で僕が面白く思ったのは、ガンディーがインドにおけるヒンドゥの伝統的観念の改革に取り組むようなことはせずに、奇妙な発明を次々に行っていこうとすることなのだ。

   ナイポールの描くガンディーは、まるで道化のようだ。小男で多くの人が喜びそうなものを考えだすのがうまかった。その最たるものが、ガンディーの後半の人生における衣装だ。ドーティに、裸体の上半身にショール。それはなにかインドの伝統的な衣装に僕などは錯覚しがちだが(ガンディーは、インドの伝統-長髪、白檀のカーストマーク、サフラン色の服-をむしろ遠ざけた)、まぎれもないガンディーの発明であって(とナイポールは言う)、僕流に解釈すればガンディーの生涯でも大成功をおさめた発明なのだ。この衣装によって、彼の考える現代文明の病理に抗するある種のピューリタニズムを(パンカジ・ミシュラの語法)言葉より雄弁に訴えることができたのだ。

flag31bbb.gif
▲チャルカが描かれていた1931年頃のインド国旗。
 これもガンディーのアイディアだった。
 India: Historical Flagsより


   ガンディーの奇妙な発明を数え上げていくと切がない感じがしてくる。ガンディーの『自叙伝』におけるチャルカを探しだす記述も印象深い。これもガンディーの発明と言えないだろうか。
  ガンディーは、工場ではなく自らの手で生産される織物がインドを貧困から救うと考えた。チャルカを求めてグジャラート探しまわる。そしてついに長らく使われなくなって屋根裏に投げ込まれていたチャルカを発見するのだ。
チャルカ再発見の物語は、一人の好事家による執念の探求としては悪い話ではないと思う。しかし、一国の指導者 に近い者が、範を示すべきモデルにはどうしても思えないのだ。ごく限られた同好の人々の間でなら通用するかも知れない。しかし、一国という規模で、ましてやインドという大国においてそのような特殊ピューリタリズム的な選択は、経済的損失であるばかりでなく、多くのものにとっても窮屈な不幸でしかないはずだ。社会生活の幸福は、単一的にではなく多様性にこそあるのだから。

   そう考えてくると、ガンディーにおけるアヒンサー(非殺生・非暴力)、あるいはサティヤーグラハー(非暴力抵抗主義)についても同じような疑念が起こる。僕は、現代の強大な暴力に対する抵抗の根拠(倫理的優位性を堅持するために、ガンディー流にいうなら真実に則った抵抗のありかた)としてアヒンサーの有効性を素朴に信じたいところがある。しかし、これもガンディーが発明したフィクションで、純朴な大衆には受けるかもしれないが実現は到底不可能なフィクションにも思えてくるのだ。自分の肉親や知人が理不尽な暴力によって殺害されたとき、どれだけのヒトが暴力による復讐の無効を貫けるだろうか。むしろ重要なのは、暴力を完全否定するアヒンサーではなく暴力をコントロールしてゆく思想と技術ではないだろうか。ガンディーは、アヒンサーに拘るあまり、巨大な暴力をマネージする志と術を失った。

   ところで、その発明家の資質はどのようなものであったのだろうか。ガンディーは、ネルーと違ってどうも秀才には思えない。今度、『自叙伝』を読み、またナイポールの記述でも、ガンディーが秀才ではないことが分かってくる。ガンディーは、ラージコートの高校を卒業後、1887年バーナガルにある単科大学に進む。驚くべきことに、ガンディーが大学の講義をほとんど理解できなかった、という。ナイポールは、講義についていけなかった理由を、ガンディーの知能というより基礎知識の狭隘さにあった、と見ている。しかし、ここで注目したいのは、その時、発明家としか言いようのない飛躍をガンディーが演じることなのだ。学業に行き詰っていたガンディーにたいして、あるバラモンがアドヴァイスする。「苦労してインドで学校を出てもたいした稼ぎはえられない。英国に行け。そして弁護士になれ」と。今日では考えにくいのだが、当時の英国における司法試験は、その容易さが知れ渡っていた、という。苦労して地元のカレッジを卒業するよりも、英国で容易と言われている司法試験に挑戦したほうがより豊かで面白い人生を送れそうであるとガンディーは考えた。世の中の多くの人々が気づいていない飛躍的な効果をもたらす法則を見つけ出す臭覚、およびそれを実行しようとする情熱に、ぼくは尋常でない発明家の資質をガンディーに感じる。蛇足を言えば、だからこそ、ガンディーの自叙伝のタイトルは『・・・さまざまな実験』でなければならないのだ。

   ガンディーは『自叙伝』において、ロンドンでは菜食料理を探すばかりでロンドンの現代文明について何も語っていない、とナイポールは指摘する。その疑問は、インドおよびインド人を特別な国の特別な人々という、僕の固定観念を打ち砕くのに充分なインパクトをもっている。僕たちは、インドおよびインド人をあまりに特別視しすぎている。しかし、ナイポールの指摘には別のからくりがあるのではないかと僕は考えはじめるのだ。ガンディーの『自叙伝』とナイポールの『到着の謎』(The Enigma of Arrival,1987)における自伝部分との類似性が、僕には気になる。ナイポールがガンディーを批判する意識には、ある自己矛盾が含まれていて、僕にはそこが興味深いのだ。

enigme.jpg

   ガンディーは英国渡航に際して母親に三つのことを誓った。すなわち①牛肉を食べない、②西欧の「女」とまじわらない、③アルコールに手を出さない。しかし、それはそのままナイポールの誓いでもあったはずだ。ナイポールは、ガンディーのロンドンにおける重大事が菜食料理を探し求めることだったと皮肉をこめて言う。しかし、ナイポールも初めてロンドンへ向かう旅の中途では似たような反応しかできないのだ。提供される食事にたいしてほとんど手をつけられないのだ。ガンディーもナイポールも食による穢れへの恐れを強くもっていた。自分を穢してしまうかも知れないと思う恐れは、僕の感覚を遥かに超えて狂暴ですらある。そして、その恐れは自らのアイデンティティと文化的環境にゆさぶりをかけてくる化近代文明、あるいはよその文明に対して、観察・理解を拒み、眼を閉ざすことに繋がっているはずだ。

   根が百姓で田舎者のガンディーを、世界的な発明家にしたのは、南アフリカにおける異郷体験だった。南アフリカの体験は、ガンディーの故郷グジャラートの信仰と文化に揺さぶりをかけ、ガンディーは深刻なアイデンティティの危機にさらされる。「異常なほどの人見知り」に自閉している贅沢が許されなくなるのだ。その危機に瀕した生存から抜け出すためにガンディーは、さまざまな発明にたどり着く。その発明は、奇妙な輝きをもつとともに問題含みであった。しかし、それはインドの独立への時代の雰囲気を用意してゆくのだ。

   他方、ナイポールはガンディーを田舎者の百姓というが、ナイポールにしても、世界地図の上の点(ドット)でしかないトリニダットという世界の辺境に育った田舎者のガリ勉に過ぎない。ナイポールという作家は、都会的なイキさ、洗練された軽さとはまったく無縁の作家なのだ。田舎者のアクセントの強いセンス、故郷に限定された狭隘な知識、ただある局面に対して重々しく思考する姿だけが、目立っていると僕は思う。
ガンディーの発明家として奇矯性が、ガンディーの『自叙伝』の類まれな魅力であり、また、ガンディーを田舎者の百姓と罵るナイポール自身の田舎者の、百姓のセンスの悪さが、ナイポール文学の根源に違いない。

   ナイポールは、発展途上国では(具体的にはトリニダットを指している)社会システムが未発達であるから、個人が社会的な認知を受けていくために個人が目立つ必要があり、個性を演出していかなければならないと言う(Middle Passage、1962)。そういう個が目立とうとする演出をナイポールは嫌った。社会システムが用意したレールの上を推移してゆくより安全で豊かな人生に、ナイポールは憧れをもった。
ナイポールは『自叙伝』のガンディーに、途上国における危険で不毛な個性の主張を感じとっているに違いない。ガンディーは、社会システムに依存せず、自らを過剰に演出することに長けていた。ガンディーは、百姓の匂いを強烈に発しつつも次々に発明していくことで目立っていった。

middle180.jpg

   ナイポールはガンディーに魅力を感じつつも、社会システムを儀礼によって継承してゆくブラフマンの本性に忠実であろうとする。ナイポールにとって社会変革とは、根が「百姓」の人々による衝動であり、テクノクラートにつながるブラフマンの立場からすれば民衆的な変革などありえようがない。とりわけガンディーの変革は、ヒンドゥの伝統をいわば止揚してゆく改革ではなく奇妙で唐突な発明による変革なのだ。

   ナイポールが描くガンディーは、ナイポールの小説における革命家が総じて矮小であるのと似て偉大なマハトマからはほど遠い。だからこのエッセイの印象は、明るさと暗さがまだらに見える複合的なものなのだ。民衆的な変革を認めない超保守主義のナイポールが、ガンディーの数々の発明による変革を道化の仕業であると見ているエッセイなのだ。ナイポールは、ガンディーのもろもろの発明を楽しみながらも、それを変人の奇妙なアイディアであると決めつけ、それがインドに大いなる幻想を与えてしまった、と言っているように思える。

テーマ : 洋書
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR