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13. シャシー・デーシュパンデ『かくも長き沈黙』、Shashi Deshpande, That Long Silence, New Delhi 1989, Penguin Books India , First published in the UK 1988.

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 表現者デーシュパンデは
 インドの凄惨な生存のなかにある
 いく人かの「女」を見つめている
 ヒトとヒトとの関係の根源を辿ろうとすべく
 夫、子、父との結びつきを振り返りながら
 「かくも長き沈黙」を見出す





  シャシー・デーシュパンデは髪を短く刈り込んでいる。こんな短い髪型の顔写真を最近どこかで見たな、と思う。ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク。ジャック・デリダの英訳とフェミニズで有名な人だ。そういえば、アルン・ダティロイも髪を短くしているのではないか。
インド人女性のなかで、彼女たちの短い髪は目立っているはずだ。短い髪型は、伝統的な「女」の役割を拒む意思表示を、あるいはフェミニズムへの加担を表明していることになるのだろうか。そう思うとこの小説『かくも長き沈黙』が何か堅苦しい読み物のようにも思えてくる。

  髪型についてこの小説のなかでつぎのようなやりとりがある。主人公のジャヤは、夫のモーアンから「(誰それの)奥さんみたいに髪を短くした方が似合うんじゃないかな」と言われて髪を肩の長さにカットする。ジャヤは、夫の意向ですべてを決めるほど古風なタイプの妻ではないのだけれども、夫に言われて髪を短くするこの部分は何か気になるのだ。夫も女性の短めの髪に魅力を感じるモダンな感覚の持ち主であるし、その気分を自分も共有しているはずなのだが、夫の言葉がなければ髪を短くすることはなかったのかも知れないと思えるのだ。
 
  この小説『かくも長き沈黙』は、やはりフェミニズム小説なのかも知れない。しかし、デーシュパンデは、型にはまったフェミニズムを押しつけてくるような読み物を書いてはいない。この本を読み進むと「女」の生理を強く感じるからだ。「かくも長き沈黙」のうしろには、いつも「女」の肉体があって、その肉体は暴力に晒されるときがあり、よく泣き、また調子を崩す。窓の下の路上で男にぶたれる「女」、掃除婦のジージャは苛酷な人生を生き延びる達人だとしても、貧困がついてまわる負のサイクルに巻き込まれてゆく。また、家族のお荷物となっているクスムは、ボンベイに引っ越してゆくジャヤに自分を置き去りにしないでくれと懇願するが井戸に飛び込み死ぬ。「女」たちの生と死は、意味・物語を付与されることなく「長い沈黙」として、ただ彼女たちの肉体が消え去ってゆくなのだ。

  フェミニズムは、先進諸国の恵まれた「女」たちの意識の運動である、という印象をもっていた。しかし、デーシュパンデの「女」たちは、中産階級の余裕からはほど遠く、極度につましく厳しい現実を生きている。そしてまた、沈黙するしか生存の道のない「女」たちをこの小説は語っている。

  ジャヤは、夫モーアンとの越えられない一線を強く意識している。「『女』のことがまるで理解できない」人であると非難がましく言う一方で、夫とのセックスを貴重なものとして回想する(夫は、セックスのあと「痛くなかったか」と決まって問い、私は「大丈夫」と答える)。学業に身がはいらない息子は家をでてゆくが、夫と自分と息子の三角関係のなかで謎のような存在として彷徨し突然の帰還を演ずる。上の娘については、甘くない社会に対して防衛的過ぎる、と気になっている。

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▲シャシー・デーシュパンデ 
カルナタカ州ダールワッド生まれ
父はサンスクリット学者で高名な劇作家とのこと
『かくも長き沈黙』は、1990年度のサヒティア学芸賞を受賞


   「お前は普通の子ではない、何か特別な才がある」と父は娘のジャヤに語り続けた。娘はその言葉に悩み苦しむのだが、父の突然の死の場面では(この小説でもっとも感動的なシーンだ、と僕は思う)父の異変を伝える友人の言葉を軽く受け流し、ジャヤはあきらかな誤を犯すのだ。

  「おとこ」と「女」の関係について、デーシュパンデは二度ほどマルクスを引き合いにだし、ヒトとヒトとの関係は、「おとこ」と「女」の関係を本質とする、という言葉を吟味している。デーシュパンデの小説は、そうであるかも知れないし、そうでないかも知れないと言っているように思える。「おとこ」と「女」の関係が極めて重要であるけれども、それがすべてではない、と言っているように思えるのだ。そして「おとこ」と「女」、ヒトとヒトとの関係のあり様が、デーシュパンデの物語の源泉であることは明らかなのであり、たとえそのあり様が「沈黙」を主調音としていても、関係性は濃密であり、デーシュパンデの小説世界の希望を表しているとともに、インドの社会の希望の香りを伝えている。

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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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