FC2ブログ

10. アミタヴァ・クマール『爆弾をもった異国人』、Amitava Kumar, A Foreigner Carrying in the Crook of His Arm a Tiny Bomb, Durham, Duke University Press 2010.

A_Foreigner__bbb.png  
  鬼才クマールはいわゆる「テロとの戦い」に対し
  自らの足と想像力をたよりに
  シリアスにときにユーモラスに 
  この時代の検証と異議申し立てを行う








  非ブラーミンで破天荒な個性をもつアミタヴァ・クマールの新刊『爆弾をもった外国人』は、9.11以降のいわゆる「テロとの戦い」の時代状況のなかで、「テロとの戦い」をスローガンに、いかなる欺瞞と茶番、そして真の悪の隠蔽が進行しているかを、実際のテロリスト被疑者・受刑者、あるいは情報提供者へのインタビュー、文学のみならず相当量の前衛芸術作品、さらに為政者や当局の発言等々をとりあげて問題提議を行う。

  このような本を書いたクマールの動機は明らかだ。2000年刊の『パスポートの写真』(Passport Photos)においてクマールは、アメリカで暮らすアジア系移民の苦難・人権・アイデンティにたいして救いとなるアイディアを示した。この『爆弾をもった異国人』では、9.11以降アジア系移民・ムスリムへの偏見・取締りの嵐のなかで移民たちが、あるいはその周辺で生活するアジアの人々がどのようにしたら生きのびていけるのか、また正義のために何が問われなければならないかを示そうとしたのだ。

  僕は、アメリカの軍事世界戦略や「テロとの戦い」に特に関心があるわけではない。また、逆にその種の話題をあえて避けようとも思っていない。ただ、自分の興味のある南アジアの作家、とりわけ故郷から越境して合衆国などで活動を続けている作家たちにとってそれはないがしろにできる問題ではない。そんなことが本書『爆弾をもった異国人』を読んでみたくなった理由だ。

hasan_bbb.jpg
▲Hasan Elahi, “Altitude”,
この機内食の写真の羅列からどんな意味を導きだすことができるだろう。
・・・テロリストと眼を付けられたら自分の行動のどうでもよいことのすべてのアリバイが必要になってくる。
A Foreigner Carrying in the Crook of His Arm a Tiny Bombより

  しかし、この本のテーマが時流にのった凡百のルポルタージュと一線を画し、高く聳え立って見えるのは、他でもないアミタヴァ・クマールの文学的・詩的想像力に根拠がある。ロシアからミサイルを買い受けてテロリストに売ろうとしたラカーニを扱った章では、ミズーリ州スピリングフィールドの刑務所にラカーニを訪ねたあと、その刑務所の通り向かいにTeasers (いじめっこ)という名のストリップ劇場 をクマールは見つける。ストリップを「鑑賞」し小屋がはねてから、クマールは、ストリップ嬢に飲み物をふるまい会話をかわす。アイボリーというストリップ嬢は、建築に興味があってインドに行ってみたいのだ、とクマールに話す。「それでなんであなたはここにいるの」と尋ねられたクマールは、刑務所のほうを指差し「そいつはテロリストにミサイルを売ろうとしたんだ」と答えるのだ。アイボリーは「クールじゃないね」と言う。
  ラジャスタン州出身の70歳になるラカーニは、しがいない貿易商人だ。大言壮語とちょとした詐欺の才があったのだろう。まじめに仕事をしていても儲けは少ない。そこでFBIのおとり捜査に乗ってしまったのだ。このおとり捜査を仕掛けたレーマンは、パキスタンのファイサラバードの出身で、しばらくハシシの密売で生活していた。テロとの闘いにおける密告者、あるいは情報提供者の報酬は安くはない。すねに傷持つ者が、当局と取引し情報提供者となる道はあまりにイージーなのだ。そして裁判ではユダヤ系の弁護士がくわわり、またラカーニの家族を巻き込み悲喜劇が繰り返された。・・・そう読んでくるとクマールのストリッパー嬢との会話は、なんとも詩的で文学的な香気にみちた結論に思えてくるのだ。
 
chie_bbb.jpg
▲Chie Yamayoshi, video still from A Love Story.
ちえさんはロス空港の混雑した入国ロビーで問いかける。
「あなたはテロリストですか」
「あなたを愛しています」
「私たちは友達になれます」
この日系の映像作家は、テロリストに憎しみではなく愛による世界の変革を求めているのだろうか。そうならば押し付けがましいとしかいいようがない。しかし、空港ロビーでの出迎えサインの提示という紋切り型の実用儀礼に、愛と友愛というメッセージをテロリストにむけて発するのは、「テロとの戦い」の内実の貧困さと、サインの中味の空虚さとあいまって、何が本当は問われなければならないかを示そうとしているようで、僕は面白いと思う。ところで、アミタヴァ・クマールは、この作品を紹介するだけで何の読解も提示していない。
A Foreigner Carrying in the Crook of His Arm a Tiny Bombより

  合衆国のモスクには、当局と取引した(そのことによって生活費の保障のみならず過去の罪状を帳消しにした)情報提供者が必ず配置されていて、モスリム系移民社会に大きな亀裂を作りだしているのだ、と言う。一昔前のソ連邦・東欧諸国のようにいつ密告されるかわからない疑心暗鬼のように、隣人との信仰の絆を、移民同士の連帯をずたずたに切り裂いてしまった。
  しかし他方で、情報提供者への潤沢な報酬はテロリストの追跡・拘束がいかにうまく行っていないのかを物語っているとも言える。そこで、この本のもう一つの主題が浮かび上がってくる。つまり、テロリストと疑わしき者はすべて拘束し、拘留中の虐待・拷問によって廃人化してしまう、という作戦だ。アブグレイブやグアンタナモにおける捕虜・拘留者虐待の報道は、捕虜・拘留者の扱いに少々の行き過ぎがあったというレベルの問題ではなく、疑わしきは拘束・隔離し人間性の剥奪によって廃人化してしまい、テロの芽をつもうとする作戦・戦術の一端を明らかにしているのだ。

  クマールは、そもそもなぜテロが起きるのか、あるいはもう少し限定して9.11の惨事の由来について何も語っていない。僕は、もう少しその辺のことについてクマールの考えを知りたいとこの本を読みながら思った。
  しかし、この本を読んでクマールが問題にしているのは、現にアメリカに住み生活している移民、アジアの人々についてなのだ。さし迫った問題として、アメリカに住み生活している移民・イラク人捕虜を含むアジアの人々の生存と人権が危機に瀕している、とクマールは捉えている。9.11を引き起こしたイスラム原理主義の流れをくむグループと、アメリカに住むアジア・中近東系移民そして多くのアジアの人々とはまったく無関係であることは自明であるはずなのに、「テロとの戦い」においては、その自明の理が踏みにじられている。ブッシュ政権という巨大な権力が幽霊(テロリストや大量破壊兵器)を相手に闘い、実際に生きる人々を巻き添えにし犠牲を強いている。テロを引き起こしている背景にあるのは-クマールは明言していないが-アメリカにおける他者の世界・文化にたいする鈍感と横暴さであり、それは合衆国に住む大多数のアジア・中近東系の移民、またアジアの人々にはまったく責任のないことだ。むしろ理不尽なテロへの対抗措置としては、それらの人々との友好・相互理解・連帯こそが求められている単純な真実が忘れさられている。ブッシュ政権は、9.11を口実として戦争を望んでいる、としか思えない。

  この本の最終章の題を、クマールは「ウィ・アー・ザ・ワールド」とつけた。そしてエピグラフにはスーザン・ソンタグの言葉「この世に戦争ほど悲惨なものはない」が引用されている。ブルックリンで進行中の裁判をクマールが傍聴に通うシーンからこの章は始まるのだが、FBIへの情報提供者は、パンジャブ語で供述し、パキスタン人が英語に通訳している。「反テロ法」(FBI’s Joint Terrorism Task Force)で訴えられているのは、この男と一緒に刑務所に収監されていたパキスタン人のアワンについての嫌疑であり(ともにクレジットカードの詐欺罪で収監されていた)、アワンは、パキスタンに亡命中のパンジャーブ独立運動のリーダに送金した、というものなのだ。
クマールは、何とも滑稽な劇をみているような思いに捉われる。そして、シークの総本山アムリツァルのブルー・スター作戦とその後のインディラ・ガンジーの暗殺、さらにそれに引き続く暴動・虐殺等々についての嫌な思い出を反芻しながら、もうそれは終わったことにしてもらいたい、と思うのだ。対立の根を抉るよりも融和の時間を大事にしたいとクマールは訴えかけているように思える。
  章の後半で、イラクでのアメリカ軍パトロール部隊による民間自動車の誤射事件について、ある写真家の自らの体験の報告を紹介している。子供を含む家族を犠牲者にしたこの事件に触れながら、クマールは「テロとの戦い」が隠蔽しているよりシリアスな現実の証拠を提示しようとしているのだ。「テロとの戦い」における滑稽と悪のコントラストが、世界規模で展開されている。ウィ・アー・ザ・ワールド、世界は痛みを伴って火花を散らしている。

テーマ : 洋書
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR