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#112 ニール・ムケルジー“モディのインド”(タイムズ文芸付録、2017、8月11日号)Neel Mukherjee、Midst of a whirlwind in Times Literary Supplement, August 8th, 2017

インドに行くたびに、インドが中国のような経済大国になるのは、人々が期待し騒ぎたてているのとは違って、一体いつのことだろう、と思うことが多かった。この書評を読むと、その感覚は私だけのものではなく、様々な視点から議論されているテーマなのだ、と知った。.

ニール・ムケルジーは、アダム・ロバーツの本について(Adam Roberts, Superfast, Primetime, Ultimate Nation, The relentless invention of modern India、2017)シャープだが好意的に紹介を書く。この本は、新聞や雑誌の記事にするには、きわめて複雑なインドの今について、西洋人(A. ロバーツは“エコノミスト”前南アジア特派員)が書いた本なのだ。そしてこの本のいいところは、英領インド、あるいはポスト・コロニアルといった意識とは著者が完全に切れていることなのだ、とムルケジーは言う。

アダム・ロバーツは、真正面から重苦しい現実・真実に向かいあう。たとえば、仕事の創出についていえば、新しい産業による働き口はわずかで、旧態依然たる重工長大産業が、わずかな働き口を仲間うちで分け合っている、という現実を見逃さない。調子のいい政府発表(モディの政権になってからより顕著になった)など信じない。経済の停滞の具体的証拠を―中断した建設工事、未完のプロジェクト、静まりかえった商店街、行き場の失った失業者による軍隊、未整備のインフラ等々、を数えあげていく。

モディ政権が発表する統計のウソを見抜くのはそれほど難しないが、モディはイメージ戦略にたけている。モディが2012年の選挙で大勝したのは、3次元ホログラムを用いた選挙戦術が功を奏したからだ。複数の選挙演説会場で、モディが同時進行的に自分の分身を登場させたのだ。仕掛けは単純なものだが、地方の文盲の多くの有権者を熱狂させた。モディが優れた国家指導者かどうかは別にして、インドの大衆の好みや望みを的確にとらえているのだ。

モディが掲げる市場主義経済への掛け声には反対の余地はあまりない。つまり、政府の市場への関与を極力抑え、民間の企業活動を活性化させようとするだ。だが、その市場開放はインドの現実においてどんな意味があるのか、とロバーツの本は問題にする。端的に言い切ってしまえば、巨大国家インドの足もとには、許認可をめぐる腐敗と非効率が横たわっている。
他方で、ロバーツは、インドの現実は、自由な市場、規制緩和という以前の問題を抱えている、と見る。たとえば、健康保険制度についていえば、インドでは、従来より民間の制度・ジネスのみであったのだ。その民間保険会社の補償が確かなものではないうえに、その日暮らし的なインドの国民の大多数にとって、それをさらに規制緩和して、どうしようというのか。さらに、先進国においても、規制緩和の難しい領域において、「自由市場による経済の活性化」と言っても滑稽なばかりでなく、一部の強欲な者のみを富ますのは明らかだ。

ロバーツの問題意識は、つづめて言えば、中国における経済の成功とインドにおける失敗なのだ。そこで、中国にあってインドにないものは何なのか、を彼は問う。彼は、それを一種の独裁(authoritarianism)と見る。悲劇は、インドの人々が、インドに欠落している独裁という一種の強権をモディに求めてしまった、ことなのだ。それもよりによって、つい最近までアメリカへの入国を拒まれていた人物(2002年のグジャラートにおけるモスリム虐殺へのモディの関与をアメリカ政府は問題視していた)にインドの将来をたくしてしまったのだ。

ヒンドゥー至上主義のペテン師は、人々をだますことには巧みであっても、国家経済における奇跡を起こすことはできない。
2019, 5

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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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