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103.V. S. ナイポール『小説・この世界の一つの道』、V. S. Naipaul, A Way in the World: Novel, published by Alfred A. Knopf, Inc., New York, in 1994.

a way in the world book222この小説『この世界の一つの道』が舞台とするのは
ナイポールの生まれ故郷 トリニダード
あるいは 黒人奴隷とアジア人の年季労働者による
カリブ海の植民地世界
黄金郷伝説と革命に揺れるベネズエラ
南米の北の端ガイアナ
インドとは古くから交流のあった東アフリカ
ということになる
時間軸は コロンブスの航海の時代から
ポストコロニアル状況の1970年代になるのか
それらの前景と背景における
黒人たち 革命家たち あるいは何かに憑かれた人たちが
揺籃の地をはなれ 広い世界に出ていくとき
何が起きるのかを書く
あるいは広い世界に
連れ出された人々に何が起きたのかを物語る

私たちは 自分自身のことを あまりよく知らない
私たちは 自分に対する異邦人であり
自分がどこに向かえばより安全なのか分からない
それを選択できる者は 強者であり
保護と安全を手にできる者だ
とナイポールは語る


今回この本を再読して
改めのて 本書に圧倒された
感動というよりは 恐れ 驚いたのだ
その底にあるのは 
ナイポールの生き 経験し 選択した
差別についての感覚なのだった

 ナイポールは、『読むことと書くことについての個人的な覚書』Reading and Writing: A Personal Account, 2000という小さな本のなかで、イーヴリン・ウォーが述べた「フィクションは作家の経験したことの変形でしかない」という言葉を、ある種、感慨深げに引用している。この本『小説・この世界の一つの道』もウォーの言葉そのもののような、ナイポールが実際に生きたことの変形としての小説である。どこまでがナイポールが経験したことで、どこからが創作なのか、その境界が分かるようでもあり、分かりにくくもある小説だ。ただ、実際の経験(それも記憶でしかない)とフィクションとの境界は、おそらく作家自身にとってはどうでも良いことのように見える。あらゆる経験や事実は、記憶あるいは抽出された記録である以上、本質的にフィクションに傾いてゆく、と作家は考えているからだ。

 ところで、この本は、いくつもの切り口で読むことができる。ポストコロニアル状況、カリブ海世界あるいはトリニダードの歴史と人物、革命家群像、憑かれた人々の不幸、無垢なる人々が揺籃の地を離れ大きな世界(文明)のなかに投げこまれてゆくこと、等々について考えながら中身の濃い読書ができるのだ。だが、とりわけ目立って見えるのは差別の問題だ。ナイポールは、差別についてのある感覚、あるいは考え方を実に豊かに語る。それは差別を悪として批判し排除するよりは、差別に纏わる恐怖が社会を、人々の生を活性化させ、生きる目的を明確にする(安全ということかも知れない)というように描かれる。差別という極めて捉えがたく扱いの難しい主題について、ナイポールは、自らの経験と記憶を参照しつつ極めて陰影の深い物語を織り上げるいる。

   プロローグはクイーンズ・ロイヤル・カレッジに通っていた高校生時代の回想から始まる。無論、この章も、差別について物語っているのは明らかだ。
 荒筋を追ってみよう。
五月の祭りの催しに生け花(フラワーアレンジメント)のコンペをやろう、ということになり審査員に、女性扶助協会で生け花とケーキ作りを教えているレナード・サイードさんを招くことになる。ナイポールに限りなく近い高校生の主人公が、女性扶助協会にサイードさんを訪ねてゆく。受付嬢が「サイードさんなら、道の向こうの建屋にいますよ」と教えられ、そちらへ行ってドアを開けると、高校生は驚愕するのだ。何とサイードさんは、人の死体を前に、花を飾りつけていたのだ。高校生はショックで青ざめうろたえるのだが、サイードさんは至極丁寧に高校生の相手をし、無論、審査員も引き受けてくれたのだ。高校生の驚愕には、ナイポールの差別感覚―死体を扱う穢れた者への怖れ―が隠れている、ように思える。
 次の年、高校生はふたたびサイードさんを女性扶助協会に尋ねる。今回は、ケーキ作りをサイードさんは女性たちをまえに教えていた。高校生は、その光景を見てふたたびある種のおぞましさを覚えるのだ。ねり粉をこねる毛むくじゃらの手が気になって仕方がなかったのだ。毛むくじゃらの手と白いねり粉に、作家は何か猥雑な印象を―性行為を弄ぶ者―読者に求めている気がする。
 三度目の訪問はサイードさんの自宅を訪ねたのだった。自分の家の近くセント・ジェームズにサイードさんは住んでいた。その距離の近さを高校生はどう受け入れるべきなのか分からず取り乱す。そして高校生は、三度、驚く。サイードさんは病気で臥せっていた。彼の毛深い手が、サテン地、あるいは絹のかけ物の上にあった。光沢のあるかけ物も、部屋飾りも、あの葬儀屋から、つまり棺桶の装飾品の残り物に違いないのだ、と高校生は悟りぞっとする。人の死に浸潤された生の匂いを高校生は嫌悪するのだ。
 ナイポールは、ここで差別という言葉を一切吐かないで、自己のうちにある差別感情を描いている。作家がこのプロローグを括る言葉がすごい。まず、始まりは、サイードの祖父あるいは曽祖父が、トリニダードに移民してきた、彼らはインドのシーア派ムスリムの集団に属していて、おそらく北インドのラクノウからやってきたのだ、と類推する。彼の家があるセント・ジェームズは、ラクノウ通りとも呼ばれ、ラクノウ出身者が多いので有名だからだ。だが、尋ねもしないで分かるところが差別らしい。そして、ラクノウのムスリムは大多数がシーア派なのかも知れない。(彼らがなぜシーア派でなければならないのかは分からない。ただ中世の北インドにおけるスンニ派ムスリムによるシーア派、あるいはイスマエル派への苛烈な弾圧の歴史を私は思い起こす。弾圧と抑圧が差別〔外部と交わらない固い信仰の保持と特異な伝統・文化〕を形成していった、というようなことを私は想像する。) さらにナイポールは、サイードの祖先について語る。「おそらく(perhaps)」という言葉をナイポールは繰り返しながら、サイードの出自を、ラクノウの舞踊集団で、女のような化粧をして淫らに踊る男たち、と言うのだ。サイードに纏わりついた死と性に彩られた淫らな印象は、あるカースト集団への差別感情に結びつく。ナイポールは、その差別感情を激しい嫌悪として表現している。将来を嘱望された高校生は、ここで差別の対象に深い恐怖を抱いている。

   この本における黒人(ナイポールはニグロと呼ぶ)についての描き方は、独特で具体的であり、侮蔑・拒絶の対象であるよりは理解の対象なのだ。それはあたかも差別する権利の主張であるかもしれない。差別は撤廃されなければならない、ではなく差別しあってこそ社会は生きる現実と楽しみがある、とでもいうようなニュアンスがあるのだ。

   プロローグに続く第二章、“歴史、魚の膠(にかわ)の匂い”は、主人公が難関の留学生試験に合格し、オックスフォードへ行く前の役所での臨時雇いの時代を描いている。未来のエリートは、出生証明書(これもナイポールについて回るメタファーだ)の写しを作っていた。そこにブレアーという黒人の上級管理者がいた。ナイポールは、ブレアーは苦学の人である、言う。ここでも、ナイポールは、黒人についての皮相な偏見に挑戦している。そして、ブレアーには威厳というものがあり、彼のメモ書きは、細字で几帳面なのだった。週末の給料日には仕事が引けると、職場で皆してラムを飲むのだが、彼はその輪の中に入らず、昇進試験の準備に時間をさいていた。ナイポールは、ブレアーがある特異な黒人の村(逃亡奴隷のコミューンか?)の出身者で、長く外部との交渉を持たない閉鎖社会における純粋・純朴な価値観・性格を彼は引き継いでいるのだと推論する。そして、ブレアーには野心があったのだ。ナイポールと同様、閉じた小さな社会からより大きな世界に出てゆきたい、という願望をもっていたのだ。そしてブレアーもナイポールも、トリニダードを離れ、より大きな世界の現実の中に入っていった。
 十数年、あるいは二十数年が過ぎて、二人は東アフリカの新興国で再会することになる。その新興国の大統領は、民族主義的な社会主義国家の建設を目指していた。ナイポールは、その首都の新しい大学の教授として招聘されたのだった。それは、ナイポールの小説『暗い河』(TBSブリタニカ)とほぼ同じシチュエーションだ。一方、ブレアーは、高位の行政官として大統領の顧問となるのだが、その使命は、その国からのアジア人、とりわけインド人を排斥・追放することなのだった。トリニダードにおけるアフリカ系住民とアジア系との人種的対立・緊張・差別感情が場所を変え、再演される。…ブレアーは、大統領の意図を理解した。しかし、純粋で律儀な心情・性格のブレアーは、アジア人の排斥・追放よりもより広い改革に突き進んでいった。そして、独裁国家の周辺で甘い汁を吸う人々が、ブレアーを抹殺する。トウモロコシ畑で遺棄された彼の遺体が発見されたのだ。
 ブレアーの短い生涯は、黒人エリートのある姿を描いているように思える。ナイポールのブレアーを語る筆致は、終始逆差別的である。黒人について良く言われることの逆を言っている。だが、実に興味深いのは、そのブレアーに、差別についての本音を吐かせていることなのだ。
 コンパウンド(外国人特別居留地区⁉)での夕食会の席であったか、ブレアーはナイポールとおぼしき人物に語る。「我々は皆、部族民で人種差別主義者だ。そして何よりも、すぐにそのような行動をとる者なのだ」と。これは、ブレアーという黒人の言葉であるとともに、ナイポールの信条告白である。即座に反応する差別行動というところがミソだ。いずれにしても、ナイポールの求める文学が、道徳的な説教とは大いに異なる。

 ブレアーは、役人という国家公認の道を登り詰めようとする。他方、ラブランLubrunは、革命家なのだった。国家体制を揺さぶり転覆を企てようとする黒人だ。ラブランが仏領西インド諸島の出身者であるのは、フランツ・ファノンを想起させる。ラブランは、知的で巧みな弁舌、国際的な人脈と洗練された身のこなしを合わせ持っている。おかしいのは、革命家のラブランが、ナイポールの著作に共感し、ロシア語の雑誌にナイポールの本の書評を掲載することだ。あり得ない、と初め思い、やがてこれはジョークなのかと思い直す。カリブ海諸島の砂糖キビ労働者こそは、世界最初の賃労働者なのだというラブランの説は何か珍妙なのだが、彼のナイポールへの共感は、世界の辺境に生きる者の偏頗な喜劇性という認識、という点で一致するのかも知れない。革命のイデオロギーには収まりきらない真実への希求をナイポールはラブランに認めているのが、少し意外だ。
 ナイポールの革命家としてのラブランに対する見方はむしろ公平で率直なのだ。だが、ラブランの出自についてナイポールが言及し始めると、何やら独特なニュアンスが醸し出されてくる。ラブランの母は、黒人奴隷であったに違いない、とナイポールは類推する。なぜナイポールは、ラブランの母が奴隷であったと言わなければならないのか、と私は訝(いぶか)しく思う。ナイポールの言い方は、むしろ庶民の陰口に似ている。ナイポールが時に極めて俗なる言辞を吐くのは分かっている。だが、ナイポールは凡百の知識人が示す上品で高級な寛容を拒む。人が生きてゆくのは、そのよう上品でも寛容でもないのだ、という本能がナイポールにはあるのだ。
 
   革命家ラブランは、何度かナイポールと交錯する。クイーンズ・ロイヤル・カレッジの図書館には彼の著作が陳列されていた。どのような人がラブランの本を読むのか、ナイポールは何も言わない。それから、ニューヨークでのリベラル人士との会食やら、チェコ人の情婦との間に生まれた、扉ほどもある大女の娘やら、読者を飽きさせないストーリーが続く。だが、英国人作家フォスター・モーリスの語るラブランの逸話が、とりわけ恐ろしく、興味深い。それも陰影深い差別についての物語だ。

 1930年代、トリニダードで石油掘削・精製所で大規模なストライキが発生した。鎮圧にあたった警察官が焼き殺され、それがカリプソに歌われたりもしたのだった。本格的な文学の書き手で、トリニダード・トバゴについて、とてもいい旅行ガイドをものしているフォスター・モーリスは、その騒乱の傍らにいた。彼は、騒動の首謀者が集う会合になぜか居合わせたのだ。議論は、闘争方針やら戦術から離れ、白人への性的なレイシャル・ジョーク、つまりそこにただ一人居合わせた白人のフォスター・モーリスへの攻撃へと変わっていったのだ。そこで、フォスター・モーリスは決定的な過ちを犯したのだ、とナイポールに語る。つまり、モーリスは、ストライキの黒人指導者ラブランに向かって「悪いけど君にキスできない、君を王子様にはできないんだ」と言ってしまったのだ。その時何かが起きたかも知れないし、何も起きなかったかも知れない、とナイポールは書く。
 黒人、あるいは有色人種の白人に対してもっている差別感覚をとりあげるところがナイポールのとてもユニークなところだ。人種差別というと、白人の黒人に対する、あるいは有色人種への差別ばかりが言われるが、ナイポールのこの本では、白人への差別感がしばしば取り上げられるし、さらに有色人種同士の差別にナイポールはとりわけ着目する。その視点は、言われてみれば至極当然であり、貴重な気がする。

 航空機と飛行場は、ナイポールにとって特別な場所である。それらの場所についてとてもいい文章を残している。『インド傷ついた文明』(岩波書店)の冒頭の数ページが、私はとても好きだ。モンスーンの長引くなか、作家は深夜、雨のボンベイの空港に到着する。これから二度目(⁉)のインドの旅を始めようとするくだりだ。様々な人生の片鱗をナイポールは垣間見る。作家は到着に不安と焦燥と孤独を感じている。何度読み返しても心が動く。

 この物語は、ベネズエラのカラカスに向かう、旅客機の中から始まる。隣合わせたインド系ベネズエラ人は、トリニダードで買ってきたチャツネの瓶をもっている。彼が身につけている金の鎖は、実は、ビルの解体作業中に偶然発見した隠し金で作ったものだ、とその男、マヌエル・ソルサーノは話すのだ。シモーヌ・ボリヴァール記念金貨の隠し金とベネズエラの黄金郷伝説とがダブって見えてくる。旅の行きずりで交わした会話の中で、ナイポールはソルサーノにある差別についての物語を語らせるのだ。
 マヌエル・ソルサーノの息子は、憧れていた警官になった。ベネズエラでは、どうも警官が凛々しさと強権の象徴のようなのだ。ソルサーノの息子、アントニオは良くできた子だが、自分に似てとても内気な性格なのだ、と父親は語る。そのような息子が、どのように知り合ったのか、背の低い「小さな娘のような女」と同棲することになる。奇妙な結びつきなのだ。二年がたち、父親は二人を訪ねる。彼女は父親の前では慇懃で、慎ましく振舞うのだった。別れ際、父親は、その「小さな女の肩」に触れて戦慄する。彼女の肩はあまりに硬く、筋肉質なのだった。ソルサーノは、彼女の過酷な肉体労働の過去を確信した。肉体労働に対する侮蔑の念と、貧困への恐怖(「小さな女」は、貧困による栄養不足がもたらしたという偏見をナイポールはもっている)がないまぜになってソルサーノを捕らえた。そして、ソルサーノの衝撃は、その後の事件と不幸な屈辱の予兆でもあった。
   この後の展開は差別の話ではないのだが、ナイポールならではのリアリティ感覚が素晴らしい。……「小さな女」は、雑貨屋を営むシリア人の情婦でもあったのだ。そのことを知ったソルサーノの息子、アントニオは、「小さな女」を追い詰めリボルバーで撃ち殺そうとする。彼女は「貧しい小さな娘にとってシリア人がどんなに助けになったか貴方にはわからないでしょう」と言うと、アントニオは拳銃を打つことができなくなる。アントニオは、内気であるばかりでなく、ある種とても優しい。ナイポールは、同朋の内気と柔弱さをじっと見つめている。…彼女の言葉にアントニオの心は乱れる。今度はシリア人を撃ち殺そうとする。「小さな女」をソルサーノの息子に手引きしたのは、このシリア人なのかも知れない。シリア人を追い詰め、拳銃の引き金を引こうとしたとき、シリア人は、何か性的な侮辱の言葉をアントニオに投げる。それは人種差別の言葉ではないだろう。が、その言葉によって、アントニオはまたも発砲への怒りを挫かれてしまうのだ。殺人に至らない屈辱にまみれた物語は、これこそ生の本質である、というナイポールの呪いようでもある。

   ナイポールは、実は探検家の側面をもっている。西インド諸島を三か月旅して回る『中道』Middle Passage、1962でも、ガイドと少人数のグループでジャマイカの奥地のジャングルに入っていく。コンラッドの『闇の中』の雰囲気なのだ。私には、『闇の中』はほとんど何も理解できない難解な小説だが、ナイポールが、『闇の中』に深く魅了されている、ことは分かる。未開の自然の奥深いところへの侵入は、暴力的で反秩序的な、アーカイックな人間の自然性を呼び起こす魔力がある、のかも知れない。……この本ではインディオの案内でベネズエラの奥地へナイポールは、入っていく。作家は、ジャングルの只中で、もう自分の力だけでは文明世界にもどれない、と恐怖する。深い闇の中の野営地でナイポールは、ウィスキーを飲んでいる。ガイドのインディオの若者が、自分にもラムを飲ましてくれ、と言う。ナイポールは、これはラムではない、と拒むのだ。……ナイポールは、そして思うのだ、このインディオ達を自分が愛しいと思うのは何故なのか、と。ナイポールは、しばらく考え、この愛情はこの人々がいつまでも外の文明にふれず無垢なままでいて欲しい、という感情に他ならないのだと、納得する。ウィスキーとラムを一緒くたにしない区別と、己との違いを愛おしい、と思う感情が、ナイポールの差別についての物語の根本にあるのだろう。

naipaul.png
ヴィディアダハル・スラヤプラサド・ナイポール
癌で妻パット・ホールを亡くした二か月後、ナイポールは
パキスタン籍のナディーラ(写真左)と再婚する

   ナイポールにとって差別のない社会など考えられない。ナイポールは、差別をルールで規制すればすむ以上のこととして捉えている。そして、ナイポールは、差別を恐怖として語るとともに何か魅了されている。うまく説明できないが、ナイポールの問題提議は重大である。

   ナイポールの『小説・この世界の一つの道』はとても怖い小説だ。それは、差別の恐怖と愉悦を語るからだろう。だが、この本の非凡なところは、ナイポールが一種開放的な差別を求めていることだ。存在を抹殺する差別でなく、お互いの存在を認め合う(罵り合う)差別を排除してはならない、とナイポールは語るからだ。黒人のブレアーが言うように「我々は皆、部族民で人種差別主義者だ。そして何よりも、すぐにそのような行動をとる者なのだ」。それを認めてこそ、この世の共同体は、生命をもつ。
 

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元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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