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102.山中由里子『アレクサンドロス変相―古代から中世イスラームへ』(名古屋大学出版会、2009年)

アレクサンドロス変相『クルアーン』“洞窟の章”における二本角
ズ・ル=カルナインが 一体誰なのか 
という錯綜した謎解きから始まる本書は
遠い初期イスラームの共同体の記憶から
様々の“書物の道”をへめぐって
中世イスラームにおける
宗教的のみならず政治的な含意をもつ
アレクサンドロス像にいたる
この大きな歴史の流れ、彷徨う表徴は
アレクサンドロスの東征にも似て
多様な諸文化の影響をとりいれながら
多元的かつ独自の文化を特長付ける
それは なにか見知らぬもうひとつの
巨大な世界の発見のような興奮をもたらす


   S. スブラフマニヤムの“テージョ河からガンジス河まで―十六世紀ユーラシアにおける千年王国信仰の交錯―”(“思想”、2002年5月号)という論文は、とても難解だが実に味わい深い。驚くべき歴史の襞、つまり見慣れた歴史の風景とは異なる歴史を想像させる。それらの記述の中で、近世初頭の千年王国信仰が、実にさまざまな思想潮流と表徴を取り入れて普遍王国を待望するという見方が興味深かった。とりわけ、イスラームの千年王国信仰にはアレクサンドロスが重要な位置をもつ。そこではアレクサンドロスが、野蛮と闘う征服者として、また、占星術をよくする予言者として現れるのだ。
   イスラームにおけるアレクサンドロスの再現前は、何とも魅力的なテーマに思える。その成り立ち、機能や広がりのことをもって知りたいと思っていた。そのような関心を気づき始めたとき『アレクサンドロス変相―古代から中世イスラームへ』という本を知り、興奮をおさえながら読んでみた。
    この本を読むとアレクサンドロスは、スブラフマニヤムが触れている以上に、地域や歴史の異なる局面で実にさまざまな顔を現し変身してゆく。しかもアレクサンドロスの“変相”は、まことに雄大で歴史上の大スペクタクルをみるような感興を覚える。
 一例をあげると、本来は敵国の王であるはずのアレクサンドロスがイランの英雄になってしまうのだ。
    アレクサンドロス(ペルシャ語ではスカンダル)はペルシャ王ダレイオスを打ち破り、死にまでも追い詰めたはずなのに、ダレイオスの子となり、イランの英雄になってしまう。この“変相”をお膳立てするアレクサンドロスの出生譚が傑作なのだ。つまり、ダレイオスは、マケドニアの王フィリポスの娘を娶るのだが、彼女は強烈な悪臭の持ち主で(敵国の王の娘の獣性と少しの嘲笑を私は連想する)結婚後しばらくして国本に返される、だがその時すでに彼女は身ごもっていた、そしてその子、つまりアレクサンドロスは、フィリポスの子として育てられたのだ。だからダレイオスが重臣の裏切りで殺害されると、アレクサンドロスは瀕死のダレイオスに「王のこのような死を私は望まなかった」といい、ダレイオスの最後の言葉を聞きとげる。

  この本は、古代の英雄アレクサンドロスが、イスラーム世界で実に豊かな表徴として結実してゆく「書物の道」をたどる。その系統や結合やヴァリアントを明瞭に思い描きながら読み進むことは難しい。しかし、この種の学術書は、普段馴染みの少ない古典テクストを、断片的とはいえ、原文の雰囲気を感じなら読めるのがとても楽しいのだ。アレクサンドロスの遠征におけるインドへ向かうくだり、またインドの賢者との頓智問答などもそうである。
    二本角(アレクサンドロス)は、屍を食する賢者のいる島で宴に招かれる。宝石を盛った金・銀の器を示され「汝が求めているものはこれであろう。このために汝はこの世を彷徨っている。だがこんなものは飢えには何の役にも立たないのだ。我らから一体何を得ようというのか」。二本角はインドへと去る。
    インドの賢者との対話につながるこの導入部は、アレクサンドロスの望み、究極の目的を疑問視しているところがとてもいい。
インドの王の使者が現れると、二本角は「牛油」の入った鉢をおくる。使者は、それに無数の針を刺して返す。今度は、二本角がその針を黒い焼鍋に入れて送ると、使者はその鍋を磨いて返す。このやり取りを二本角はひとつの知恵くらべであると説くのだ。

    ところで、多くの民衆が、中世のイスラーム世界で、どうアレクサンドロスを思っていたかは分からない。そうではなく、極端な生真面目さで、書物に記されたアレクサンドロスの顔の変遷を、この本は検証してゆくのだ。例えば、七世紀のイエメンに生きたワフブの著『王冠をいただいた君主の書』には、ユダヤ系アレクサンドロス物語とムスリム遠征伝説の結合が見られる、と書く。また、十二世紀ペルシャの詩人、ニザーミーの『アレクサンドロスの書』では、アレクサンドロスは遠征から戻るとメッカに詣で預言者として再出発する。“史実”をあざ笑うかのような想像の跳梁に心躍るのだが、それらの“変相”をペルシャ・アラブの古典的テクストのうえに辿ってゆくことは、研究者ではない読者にとっては、ため息がでるほど錯綜している。それでもこの複雑な流れは、表徴としてのアレクサンドロスの豊かさであるかも知れない。
   少し込み入った話になるが、イスラーム世界におけるアレクサンドロスの驚くべき再現前は、実は、以下のような流れによるところを見ておきたい。
その源流は①古代ユダヤ教において神の国を齎すメシアとしてのアレクサンドロス、⓶イランもしくはゾロアスター教における善と極悪の両義的な存在としてのアレクサンドロス、あるいは③偽カッリステネスの「アレクサンドロス・ロマン」(アリストテレスとの交流物語もここに含めるべきか?) としてのアレクサンドロスがあげられる。それらの流れの中にある寓話のもつ興味もさることながら、やはり感動するのは、諸文化の混交あるいは錯綜の豊かな表情なのだ。初期イスラームの古い記憶は、しばしばユダヤ系の賢者との交流や対立に結びつく。あるいは、往時のローマ帝国におけるアレクサンドロスとアリストテレスとの交流の説話がイスラーム世界に還流する。少し飛躍して言うと、固い一一枚岩というようなイスラームのイメージ(私の無知)に修正をせまる多様なものの混交を強く感じる。
 
    逆の見方もあった。広くイスラーム世界で二本角(ズ・ル=カルナイン)と表現されるものが、実在のアレクサンドロスとは何の関係もない、という主張だ。イスラームで言われる二本角(ズ・ル=カルナイン)あるいはアレクサンドロスは、史実のアレクサンドロスとは無関係な、アラビア半島の民間伝承にすぎない、と。
    だからこそ『クルアーン』十八章、“洞窟の章”における記述が、つまり二本角(ズ・ル=カルナイン)がアレクサンドロスであるのかないのか、という考察が重要なのだ。
    この話も一筋縄ではいかない。粗筋をたどると二本角は、①アレクサンドロス、⓶ペルシャの王、③古代南アラビアの王、④神の僕、預言者と考えられてきた。十九世紀の終わり、この錯綜した議論に一応の終止符が打たれた。すなわち、『クルアーン』の二本角のくだりは、アレクサンドロスに関するシリア語のキリスト教伝説に酷似している、という発見があったのだ。この決定的に見えた説についても、その後、留保がつき修正されてきたが―シリア語のキリスト教伝説と『クルアーン』の“洞窟の章”は、親子関係ではなく、ユダヤ系伝承を親とする兄弟関係だとする―『クルアーン』における二本角がアレクサンドロスを指すのはほぼ間違いない、と著者は言う。

    アレクサンドロスは変相していく。変相とは何なのか。……大いなるものは、死しても、姿を変え甦る、いや、違う、少なくともアレクサンドロスの場合は、そう、アレクサンドロスの意志や事業が蘇ることはない。アレクサンドロスが変相して現れるのは、後世の者たちが、アレクサンドロスの伝承を利用・活用するためだ。利用・活用に悪や錯誤は関係がない、むしろ都合のよい変相の妙味を味わっていれば良い。真実価値深いのは、後世において様々に利用・活用されるほどにアレクサンドロスがゆたかな表徴に満ちている、ことなのだ。だが、この本は、その変相の表情よりはその根拠を求めている。



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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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