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4.Pankaj Mishra, An End of Suffering: The Buddha in The World, New York, Picador 2004, first published 2004 in Great Britain.

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     仏陀についてのなかば伝記、紀行であり
   仏教の歴史・哲学を語りつつ
   作家の来し方を綴る
        

      表紙にニューヨークタイムズの書評が引用されていて、こ の本の特長を上手く伝えている。すなわち、この本は「半ば伝記(仏陀についての)、半ば紀行、半ば自伝そして歴史や哲学についての本」なのだ、と。そう、いろいろなものが詰め込まれている本なのだ。しかし、何に一番近いのかとあらためて考えてみると、作家の生き方に真正面から、自由な形式で向き合っているという意味で小説なのかも知れない、と僕は思う。    

      この本は、ミシュラがシムラからそう遠くないヒマーチャルプラデーシュ州の寒村に引きこもり、読書三昧の生活を始めようとするところから始まる。ミシュラは、作家となる以外にどんな職業にもつくまいと考え、「作家となるために必要な本」を読もうと思うのだ。幸い、理解のある家主とめぐり会い、いいコッテージを借りることができたのだが、高地の自然に魅せられ、また人々の生活が気になって、実はあまり本は読めず、ページが開かれないまま時が過ぎていく。

  ところで、「作家となるための本」とは、何か不思議な言葉に思えるけれども、ミシュラの場合、それは西欧の近・現代文学や哲学を初め、総じて古典的な著作となる。彼の読書はスタイリッシュではないけれども、正統で真面目で、ある種の重量をもっている。例えば仏教に関連して言うと『ミリンダ王の問い』(東洋文庫で読める)を入り口として、ニーチェが触れた仏教、シュペングラーと仏教哲学の親和性、仏陀とプルーストとの比較論、また、ロシアの詩人マンデリシュタームについての相当量の言及は、今から思い返すと、仏教的な視点によるマルクス主義への批判を試みているように思えたけれども、また、トクヴィルについては、彼が訪れた時代のアメリカに濃厚に感じられた宗教性と現代のアメリカにおける様々な仏教の流行を関係づけている(禅であったり、チベットの密教であったりするわけだが・・・、)。バラナシで知り合ったアメリカ人女性の影響からか(彼女は、インドからアメリカに帰ったあと尼僧になる)ケラワックやギンズバーグについても、アメリカにおける仏教の流行に並行して語られる。
本当にいろいろな本を読んでいるのだけれども、彼の読書がいささかも衒学的でなく、真面目な青年の精神の探求としか言いようのない雰囲気をたたえている。ミシュラは、かなりの本好きであるけれども(彼のインドの小さな街を巡る本、Butter Chicken in Ludhianaにしても、紀行であるとともにインドの現代文学についての良質の読書案内であったと思う)ミシュラにとっての読書とは、本が好きであるという以上に、書物のなかに何か神秘的な力があって、書物が崇拝の対象のようでもあり、また、彼の精神の探求そのものでもあるのだろう、と思う。

    仏教思想の概説は、東洋に関心を持ち始めた西洋人、とりわけアメリカ人、そしてインド人の一般の読者むけに書かれている感じだ。しかし、そんななかで仏教再発見の物語は、興味深くスリリングだった。つまり、仏教がインドからは完全に姿を消し、忘却され、千数百年をへて、主に西洋人によって(フランス人植物学者Jaquemont、ハンガリー人貴族de Koros、ロシア人Moorcroftらのインド発見の興奮、仏教のテキストの翻訳の仕事、国際情勢を巡る活躍・暗躍が面白い)その原始の姿が再発見される。例えば、19世紀初頭について言えばヒンドゥー教徒達は、仏教遺跡を自らの神々として礼拝していたのだ。そして、カルカッタのアジア協会を拠点とする英国人の学者達は、インドにおける仏教遺跡の多さに驚くとともに、仏教なるものをエジプトかエチオピア、もしくは北方スカンジナビアのあたりに起源をもつ神であると考えていたらしい。 

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パンカジ・ミシュラ 1969年ジャンシー生まれ

    ミシュラにとっての仏教とのわずかな接点は、1950年代以降のダーリットの仏教への集団的な改宗なのだが、そのことはヒンドゥー社会における下層カーストへの抑圧以上の意味をもっていなかった、と述べている。それが、学生時代の仏教の地への旅を繰り返すなかで、また、ヒマラヤの麓におけるチベット人との接触をとおして仏教への関心をふくらませてゆく。ミシュラは、仏教をヒンドゥー・ムスリム間の深刻な対立を避ける手立て・可能性として、また、ヒンドゥー社会の退行性とは異なる進歩性をもった宗教として感じ始める。宗教のあるべき姿を仏教に仮構しているようにも僕には見える。

    最終章においてミシュラは、ヒマラヤの麓の村に戻る。作家は、2001年、9月11日の惨劇を、村人の小屋のテレビで見入っているのだ(ミシュラのコテージにはテレビがない)。小屋の家族とミシュラは、打ち解けているわけではなく、家族は、ミシュラを理解できない風変わりな人間と見ている(生活に困窮しているわけではないのに、何をしようとしているのか分らない)。また、ツインタワーへの旅客機の激突の意味を、家族の誰も理解できないし、理解しようともしない。今、ニュースで流れた画像は、何かの事故を映しだしていて、世界中でいろいろな事故が起きているその一こまであり、すぐにまた他のニュースにおき変わっていくのだ。・・・仏教に、この世の巨大な暴力に抗しうる根本原理があるのかどうか僕には分らない。また、ミシュラにとっても仏教は括弧つきの懐疑を含む希望なのだけれども(タゴールが危惧した日本のナショナリズムと仏教の関係を考察している)、この本『煩悩の終わり―この世界における仏陀』を読んで、僕はもう一度、仏陀の教えについて、仏教について勉強したくなってきた

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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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