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113.アダム・ロバーツ『超快速・旬の・究極の国、現代インドの休みなき発明(作り話)』Adam Roberts, Superfast Primetime, Ultimate Nation: The Relentless Invention of Modern India

無題
1.占い師はモディに希望を見出す
ビヒム・ジョシの栖みかは、デリーのゴヴィンド・プリの陋巷にあった。彼は、30年間占い師で食べてきた。インドの未来はどんなものなのか、私は聞いてみた。ナレンドラ・モディが首相になり、インドはおおいに繁栄する、とジョシは占った。…ジョシの預言は、かなりの確率ではずれる。

(インドの今の現実の風景が呼び起こされるとともに、英国風のシニカルな味わいが、随所に顔をだす。どれだけうまく理解できるか覚束ないが、ゆっくり楽しみながら読んでいこう。)

私(アダム・ロバーツ)は、テレビのトークショーでインドの将来について論じさえした。インドのこれからの繁栄を語るのは、今、もっとも好まれるテーマだからだ。
インドの潜在的な力は以前から言われていた。そして、インドに必要なのは、新しいリーダだ、と。…そういう状況においてヒンドゥー至上主義の抬頭は何を意味するのか。ナレンドラ・モディも、その基本は反エスタブリッシュメントである。強くて大衆迎合的(というより民衆に何がうけるかを知っている)な政治家が権力の座を占める、そういう世界的潮流のなかに、モディもいる。

(モディはインドに繁栄を齎すことができるのだろうか、中国のように。)

2.取り残された土地に生きる人々の最近の変化
ヒマラヤの裾野からそう遠くないインド北東部において、アッサム州はとりわけ貧しい。その貧しい土地に、美しいブラフマプトラ川が流れる。そして、今、この土地をヴィーヴェカーナンダ特急が走る。インドを見るには、鉄道に乗ることだ、と言う人がいる。しかし、鉄道の実態はみすぼらしいものだ。鉄道事業の停滞は、インドの停滞を象徴している、かのようだ。ヴィヴェック特急にのれば、インドの停滞の核心が見えてくる気がする。列車のなか、性転換したヒジュラが物乞いをしている。列車はジグザグに南に向かう。その人は、母親をより良い医療を施すために、母親をタミルナードゥの病院まで連れてゆくのだという。小水の悪臭漂うヴィヴェック特急に揺られていると、逆説的に、容易に改革できることは、実に多いと思えてくる。インドは、このような非効率をあらためようとしている。鉄道省の総裁は、鉄道の近代化をインドの経済発展のモデルとしたい、と語っていた。だが、組合は改革には強い抵抗を示す。
(インドの長距離列車に乗るには、ある覚悟が必要だ。チケットの購入が幾分改善されたとはいえ、依然、過酷なものなのだ。だが、あのインドの鉄道列車が快適なものになるとは、私は考えたことすらなかった。)

このインド北東部の孤立した5000万の人々は、50年間、苦しんできた。彼らは、ずっと自分たちをインド人とは思ってこなかった。中央政府の当地に対する補助金は略奪され続けた。だが、携帯電話と格安の航空網が、彼らを孤立から開放し、分離独立のゲリラ勢力を後退させた。出稼ぎによる収入の増大が、ゲリラによる争闘の明け暮れを遠ざけたのだ。極度の貧困の改善の兆しがここにある。


brahmaptra river
ブラフマプトラ川


3.貧困の経済から開発経済へ
インドにおける経済発展が議論される場面で、アマルティア・センが取り上げられるのは、めずらしいことではない。センは、絶望が改革の原動力になりうる、と考えているふしがある。人々の幸福を考えること、つまり絶望的な現実から人々を救いだそうとする試みは、批判に晒されにくい、というセンの計算を考えてしまう。アマルティア・センは、生活と活動の拠点をロンドンにおいて、南アジアの絶望的貧困を論じる。

経済的な豊かさに関して言えば、南インドは際立っている。カルナタカ州の生活水準は、他の東南アジアの諸国とくらべてもひけをとらない。しかし、問題は、その経済的な豊かさの中でも、例えば、乳児死亡率は極めて高いということなのだ。…グジャラートにも豊かなところがあるが、その医療体制はひどい。インドでは、ある種の繁栄を享受しているかに見える地域でも、基本的な社会サービスの欠如が明らかなのである。

スーラト(グジャラート州)は賄賂のない都市だ。スーラトの繁栄を支えているのは、ジャイナ教徒たちに支えられたのダイヤモンド産業である。スーラトの成功は、地方政府の努力によるものだ。スーラトの改革は、モディの登場とは関係ない。

ナレンドラ・モディの目論見は、グジャラート州に多くの製造業を立ち上げることだった。事業家にとって魅力的な利便性のある環境を、モディは用意した。投資家は、モディに近づき、彼は投資家のプロジェクトを後押しした。モディは事業家を遠ざけたジャワハラル・ネルーとは違ったのだ。

郊外の荒地に壮大なビル群を建てようとしている。あるいは、アーメダバードの郊外には、奇妙な名前(“リビエラ・ブルース”)の街を作り、中産階級の人々が住んでいる。
すべてがおぞましい計画というわけではない。グジャラートの事例は、インドの発展と現代化の先触れと考えてよいのか、迷うところだ。

4.会議派の後退とモディの改革
(インドの社会は、経済成長だけでは測れない振幅をもっている。どんな社会でも程度の差はあれ同じかもしれない。が、とりわけインドでは貧困が、実に豊かで様々な表情を見せる。たとえば、祝祭と信仰がそうだ。金はきわめて重要だとしても社会の本質のすべてではない。そこにインドの社会と人々の不思議な魅力がある。)

マンモハン・シンの首相時代(2004~2014)は、それ以前のどの時代よりも経済的には上手くいった。シン首相の功績のひとつは、インド中央銀行の改革だ。有力政治家と癒着した銀行の旧弊を改め、疲弊した地方銀行を立て直し、海外からの投資をよびよせたのだ。シン首相は、非効率な官僚制度を抱えながらも、統一的な税制による均質な市場を整えていった。そして経済はゆっくりと上向いていったのだ。

シン首相は、より率直に国有企業を民営化するという明確なメッセージを発するべきだった。シン首相は、インド航空を民営化したかった。彼は、改革をしくじったのではない。彼は、改革の重大な方向性を十分に理解しながらもそれに手をつけられなかったのだ。

国民会議派の党首ソニア・ガンディーが閣僚の指名や重要な方針を決定しているにもかかわらず、シン首相は、ソニアとの軋轢を、また自らの望みを、無防備に伝えてしまうところがある。

サンジャイとインディラがあいついで死亡するとラジブが四十の若さで首相となった。そのラジブもタミル独立派の自爆テロで暗殺され、ラジブの妻ソニアにところに、会議派のリーダーの役が回ってきた。ソニアは、2004年の総選挙で会議派に大勝利を齎す。が、ソニアは会議派の分裂をまねく。
ソニアは、イタリア北東部の生まれで、父親は、ムッソリーニを支持するファシストの石工だった。ソニアとラジブは、ケンブリッジ大学で知り合ったのだ。

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ソニア・ガンディー

BJP(インド人民党)も早くから経済の改革・開放に取り組んでいた。地道な成果をあげてきた。2014年、インドの人々はとうとう会議派に見切りをつけた。しかし、ナレンドラ・モディ政権の初期の経済政策は貧弱に見えた。モディは、グジャラートでの会議派との争闘と同様に、デリーでもさんざん苦々しい思いをした。自由な市場、民間活力の推進といった彼の政治的掛け声にもかかわらず、最初はうまくいかなかったのだ。独立の事業家などいやしない、みな政府とのコネで財をなしたのだ。賄賂で票を買う政治家に自由経済など関係ない。それでもモディは元気で調子が良かった。新しい政権はシン政権時代の旧弊を粘り強く断ち切ろうとした。モディの激しい行動が、ある程度、贈収賄をやりにくくした。高額紙幣の廃止は、モディの強い意志を示すとともに、政敵の資金源を断ったのだ。

5.インドの新しい産業とハイテク
インドという国が、改革に本腰を入れ始めたのは、1990年代のことだ。締め付けのあとの開放感で、経済は力強く成長した。当時の雰囲気は、十年のうちにインドはまったく生まれ変わり、米国のようになるのだと、多くの人々が信じていた。ただ、インド政府は、東アジアにおける輸出主導の成長モデルをインドが追うことには懐疑的だったようだ。それよりも、人々の生活の基本となるようなものの生産(例えば、電球を作ること)により力をかけたかった。
 
インドにはしっかりしたインフラが必要だし、ビジネスの成長のスピードを奪う規制も多い。ルノーは、インドの車市場と当地での車の製造に魅力を感じていたが、劣悪なインフラが彼らの投資を躊躇させた。フォックスコーン(台湾系、製造請負業)も、インドの豊富な労働人口に着目したが、膨大な書類仕事に嫌気をさしてしまった。

非常にうまくいっている会社もある。一例をあげれば、カジャリアKajaria陶器という会社だ。本業の陶器類の製造だが、余力でクリーンエネルギーの売電事業といった先進的な取り組みを行っているのだ。だが、その雇用はきわめて限られている。
政府主導の産業は、相変わらず、旧態依然とした装置産業が主なのだ。雇用を求める人々の数は膨大だが、雇用はごくわずかなのだ。逆説的に聞こえるかもしれないが、インドで熟練工を雇うことも至難なのだ。とかくインドでの事業は簡単ではないのだ。

インドで元気な企業というと、一風変わった仕事が目立つ。ティルマラ寺院(南インドのヒンドゥー教寺院群)における毛髪の輸出ビジネスは、寺院を現に富ませている、という。
(参詣者の剃髪の残骸を輸出して儲けているのか。…こんなことが仕事になるのか、といったことで結構ビジネスが成り立っている現実がインドにはある。これらを、インドの後進性とは私はみない。)

豊かで多様な自然(タミルナードゥのバックウォーターやカシミールの雪景色)と人類の至宝ともいうべき豊かな文化遺産をもつインドだが、訪れる外国人観光客は800万人に過ぎない。インドの観光産業には二つのおおきな障害がある。一つは、名所旧跡へのアクセスの悪さ(例えばハンピ遺跡には、バンガロールからでも、特急とは名ばかりの夜行列車に一晩揺られなければ辿りつけない)、また、もう一つは、女性旅行者の安全だ。インドは、外国人女性が一人で旅するには、それなりの用心と覚悟がいまだに必要な国なのだ。

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中世ビジャヤナガル王国の都、ハンピ遺跡

ナレンドラ・モディは、科学を古代に融合させる。『ヴェーダ』には、すでに宇宙探査の記述があるとか、ガネーシャは、古代において成形手術が行われていた証拠だという話を好む。モディは、インドの多くの人々が、神秘主義よりもヒンドゥー教と新しい技術が熱狂することを良く知っている。

モディは、新しい技術が役人や政治家の腐敗を根絶する、と確信しているかのようだ。噂では、モディは、部下や政敵についてハイテクな方法でつねに追跡しているのだと噂されている。また、モディは、自らの選挙戦で3次元ホログラムを使って、素朴な人々を熱狂させたのだ。

今や、かつぎ屋さんにとって携帯電話は必需品だ。あるいは、自家用車を所有するなどという古い考え方に我々は振り回されない、と多くの人々が言う。携帯電話の普及が、弱い通信事情を劇的に改善したように、新しい技術が、弱いインフラを補い発展させる、と。

(インドでは、技術革新が、インドの今の問題を解決する、という信仰にも似た考えが流行している。役所の仕事の効率化を、政治家をめぐる贈賄の根絶を、教育機会の拡大を、技術革新が齎すと。公衆衛生も、都市の公害も、上下水道の整備も、快適に移動できる鉄道網も技術革新が解決する、と彼らは言うのだろうか。)

(つづく)





プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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