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110. R. K. ナーラーヤン『英語教師』(1946年初版刊)、 R. K. Narayan, The English Teacher, First published in 1946, London.

imagesGTAXBXF5.jpgナーラーヤン『英語教師』を再読する
これがナーラーヤンの小説で一番好きだ
私は この小説を読みながら
生きていくことの不自由をかみしめる
他方で 人生の桎梏からの解放の感覚を
手にするのだ
あるいは 思うようにはならない日々のなかで
心の平安が訪れる
さらに言えば 超自然への凭れかかりと
近代的・実証科学的な感覚
が共存し 相克する
愛妻の若すぎる死さえも
悲しみであると同時に
自由の到来なのだ
今回 『英語教師』を再読して発見できたのは
ナーラーヤンにおけるこの両義性だった


   ナーラーヤンは、自分の書いた小説の出版を願って(『スワミと友達たち』Swami and Friends, 1935)、オックスフォードに留学する友人にその小説原稿を託す。何人かの編集者に出版を断られると、原稿をテムズ河に捨ててくれ、とナーラーヤンは友人に告げる。だが、友人は最後の賭けのつもりで、つてをたよってグレアム・グリーンのところに原稿を持ち込むのだ。数週間後、ナーラーヤンはグリーンに見出されることになる。グリーンは「ナーラーヤンの小説は自分にとって第二の故郷のようなものであり、ナーラーヤンを読むことなしにインド人を決して理解することはなかっただろう」と語る。「第二の故郷」と「インド人の真の理解」という言い方は、おそらくナーラーヤンを読むすべての外国人に共通する感覚のような気がする。そう、ナーラーヤンを読むことは、懐かしい故郷に帰ってゆくようであり、また、自分と本質においてまったく違わないインドの人に出会うことになるのだ。

   ナーラーヤンが作家としてもっとも油ののった時期に書かれた小説『英語教師』(1946)は、そのグレアム・グリーンが主幹する文学叢書の一冊としてロンドンで出版された。

   主人公は、毎朝ミルトンとシェイクスピアを読むことを日課としている英語教師だ。そして、たとえば作文の授業では、特別な準備が必要でないためか気が楽になり昔のことを思うのだ。…仲の良かったガジャパティが隣に座っていた、あの頃、この教室の先生になりたいと、強く思ったのだ。願っていたものと手にしたものの齟齬の感覚が伝わってくる。

   彼が勤めるカレッジは、他のナーラーヤンの中編小説と同様に、マルグディという架空の小さな街にある。マルグディを舞台にするナラヤンの小説については、ジュンパ・ラヒリが瀟洒なエッセイを書いているけれども、イメージは、ティルティ(南インド、ティルティラパッリとも)とマドラスの中間あたりにある鉄道駅のある街、といったイメージになるだろう、とナーラーヤンはどこかで書いていた。ただし、読者・批評家の諸君、マルグディがどこにあるかなどと詮索しないでもらいたい、ともナーラーヤンは言う。

 小説の前半は、どこにでもいる若い夫婦の日々が淡々語られてとゆく。
   たとえば、このように続く。…生まれたばかりの赤ん坊を抱いて妻が実家から帰ってくる。二等列車で帰ってきてもらいたいという主人公の懇願にも関わらず、妻は三等列車で帰ってくるのだ(インドの三等列車!これは凄まじそうだ)。妻のスシラは倹約好きなのだ。(倹約に対するナラヤンの態度は両義的だ。美風とも、また醜くも見ている。)スシラは、主人公が何故か愛着をもっている古時計を処分してしまう。主人公はひどく怒る。その夜、スシラはベッドに入ると泣いていた。(なぜ多くの妻たちは夫の愛贋物を処分したがるのか、一種の嫉妬だろうか。) 二人は暫く冷戦状態が続くのだが、主人公が学校から帰るとだしぬけに、久しぶりに映画に行こう、と言うのだ。実によくある夫婦喧嘩の終了だ。しかし、後になって振り返ると、それらの日々は何ものにも替え難い幸せな時であったのだ。

   この小説において、幸せな日々は長続きしない。自分たちの家を持とうというハッピーな企てのなさなかに不幸な出来事が始まる。二人で新開地に家を物色しに行くとき倹約家の妻が珍しく牛車で行きたい、と言った。すでにスシラの体調は良くなかった。ジャスミンのなる家を見て、クリシュナは、ここならいい詩がたくさん書けると思うのだ(クリシュナは、教師であるよりも詩人でありたい、と思っている)。妻は、新開地のバラックのトイレに入ると、青ざめて帰ってきた。トイレのドアが中から開かずひどく不潔なトイレに閉じ込められた、と言うのだ。(スシラや義母はそのトイレによって、不浄の病に感染したと捕らわれていくが、主人公のクリシュナは、少し違う見方をしている、のが興味深い。)その夜から、妻のスシラは臥せって起きられなくなった。愛想のいい医者は、クリシュナの病状説明を聞くだけで、診断もせずマラリアだから心配はいらない、と言い薬を処方するのだ。数日がすぎても、一週間たっても妻は良くならない。妻の母親は、祈祷師をつれてやってやってきた。医師の誤診だったのだ。そしてクリシュナの懸命の看護にもかかわらず、妻は息絶えた。

   この小説の圧巻は、何といっても妻の葬儀・火葬についてくだりである。読むたびに息を飲む。…近親の者たちが、死んだ妻の口もとにお別れの米(生米かご飯か?)を押し込む、妻は空を見ている。遺体を移動用の担架に縄で縛ると皆でかつぎ、自分は香をともし、その後ろにつく。街の通りにでる。人々が見送るなか、自分にはどの顔もかすんでしか見えない。川のなかを歩いて渡り、川岸の火葬場にたどり着く。まきに火が点けられ、いよいよ火葬となると、自分には特別な感情がないことに気づく。ただ、炎を見つめ、この炎こそが現実であり、この炎の他に自分が恐れ心をかきたてるものは何もない、と悟のだ。

narayan with beloved wife
Rasipuram Krishnaswamilyer Narayanaswami
1906-2001
マドラス(現チェンナイ)に生まれる
R. K. ナーラーヤンは南インドの英語作家である
写真は、作家と自由恋愛で一緒になった妻
6年間の結婚生活で、愛妻は病死する
その後、作家は再婚することがなかった

 『英語教師』という小説は、この川岸の妻の火葬の場面があまりに秀逸なので、ここで終わっても良いと思うぐらいだ。しかし、このあとも読者を飽きさせない話が続く。死んだ妻との交霊の試み(超自然的な「お告げ」を手にはするが、妻との直接対話には成功しない)、また、近所で幼児教育を行っている者との出会いがある。

   妻との交霊の試みについては、クリシュナが、超自然的なものを受け入れ身を任せようとするところと、それが機能しない現実の認知という、二面性の物語として興味深い。超自然への信仰(分かりやすくいえば迷信)と近代的な知の間で揺れているクリシュナの姿が魅力的なのだ。超自然がまだまばらに信じられている南インドの田舎町で、クリシュナはそれを声高に批判・否定することはないけれども、あるいは、受け入れようとさえするけれども、近代的な知性が超自然のほころびを見逃さない。このバランス感覚がナーラーヤンに痺れるところだ。

   また、近所の幼児教育者については、主人公のクリシュナが大学の先生でもあることと関連して、教育とは何か、教師とは何か、という問いの基調音がある。また、幼児教育者が教育について理想的であること(たとえば、子供は未来への宝である、というようなことを繰り返し言う)とひどい恐妻家であることの対照が面白く、また、この理想家が占い師による自己の終末の予告を信じきっているのもユーモラスだ。それは妻の火葬の透明な厳粛感を中和させているようだ。

   この小説は、英語教師のクリシュナが、大学を辞すところで終わる。愚かなものしか作りださない今の教育が納得できない、と言う一方で、何よりも心の平安を望んで、個人的な理由で、退職届けを出したのだともクリシュナは言う。

   この小説の最後の言葉「スシーラ、スシーラ、スシーラ、私の妻」が、やはり私は好きだ。喪失の悲しみ、という以上に、死の単一性(妻の死はひどく単純だ)と現実・日常性のユーモラスで豊かな重層性がこの小説の生命だと思うからだ。

2018, 12

プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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