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105.U. R. アナンタムールティ『ヒンドゥー至上主義かガンジー主義か』(2016年刊)、U. R. Ananthamurthy, Hindutva or Hind Swaraj, translated from the Kannada by Keerti Ramachandra with Vivek Shanbhag, published by Harper Perennial, India in 2016.

hindutva or hind swaraj
これは、カルナタカの大文豪U. R. アナンタムールティ
によるモディとヒンドゥー至上主義に対する抗議の書
である。ここで言う抗議とは、この言葉のもっとも深く
て重い意味にとらなければならない。つまり、
アナンタムールティほどに、ヒンドゥーの極度の洗練と
問題点を描きつきつめた作家はいないからである。
ヒンドゥーの深いところからの、いわゆるヒンドゥー
至上主義への批判の書なのだ。以下は、この本についての
幾分私的なスタイルの要約と抜き書きである。
括弧(……)内は、私の意見・感想、あるいは補足説明である。 
                 
                
 

 モディの選挙結果について、どう見るべきか。悲劇ではあれ、一家族によるインドの支配から解き放たれた。
 グジャラートの暴動で殺された者たちは葬儀もされなかった。にもかかわらず幽霊となって誰にとり憑くこともなかった。暴動によって引き起こされた死者は、車にはねられた子犬のようなものだ、とモディは発言した。暴動は、勝手な振舞をする者への手っ取り早い教えなのだ、と。
モディの勝利は、ガンディーを殺害したゴドセ的なものの再来である。サヴァルカール(1883-1966)、ゴドセ、モディの系譜はあまりに明らかだ。
 モディは、今のインドの中産階級の欲求を代弁している。
 モディは、メード・イン・チャイナをメード・イン・インディアにしたいだけ、なのだ。
 グローバリゼーションとは、インドが安い労働力を提供すること。しかし、それよりも重大なことは、グローバリゼーションが場所性の喪失となることだ。(ヒンドゥー至上主義が大好きな)シバージーは、終始、地域の人、田舎者であったのだ。そして、さらに開発は過去の記憶を抹消する。
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 ガンディーの暗殺者ナードゥラム・ゴドセは女の子として育てられた。(私の知るインドは過渡に男子を有難がる。それなのに、なぜ、ゴドセは女の子として育てられたのか)。
 ゴドセの最終弁論は注目に値する。ゴドセは言う、自由に考え多くを学んだのだ、と。マルクスもガンディーも読んだ。ガンディーの非暴力は、あまりに宗教的な理想である。ガンディーは、あらゆる宗教が欠陥を免れない、のだと考えた。だが、ゴドセはガンディー殺害の正当性を言い張った。
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 ゴドセ、モディの源流を作ったのは、サヴァルカールだ。
サヴァルカールは、血のつながったヒンドゥーがヒンダスを作ると言い張る。ヒンダスは、土地に結びついた人々ではなく、血のつながりなのだ。
 サヴァルカールは、古代への称賛を繰り返す。真理を求めるブッダの生涯が、苦悩に満ちたものだったのと反対に、陶然と古代に埋没する。サヴァルカールは、英国植民地下において現に生きる人々の苦しみを見ず、インドの古代の栄光で現実を糊塗する。
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 イスラームの侵入は、この国の民衆にはほとんど影響を及ぼさなかった。だが、サヴァルカールはヨーロッパにおける国民国家に似たものを夢想する。
 サヴァルカールはヒンドゥーの本性(Hindutva)を1923年に提唱した。BJP(インド人民党)がサヴァルカールの説くヒンドゥー・ナショナリズムを受け継いだ。会議派自体が、サヴァルカールの考えを薄めたものだった。ジャワハルラル・ネルーは、ガンディーのヒンドゥー・スワラジ(自治自立)に批判的だった。ネルーは、ガンディーのアシュラムで生活するのはごめんだと言った。(私もガンディーのアシュラムでは生活したくない。しかし、ガンディーは、少なくとも、アシュラムでの生活を他人に強制はしていない)。会議派は、ガンディーのストイックな自然主義からの解放を願い、ガンディーのエコロジー思想も厄介払いしたかったのだ。会議派がもてあましていたガンディーを、サヴァルカールに心酔していたゴドセが消したのだ。ガンディーがもう十年生きていたら、会議派はさまざまな現実についての選択の苦悩を味あわなければならなかった。だが、今、モディが、ガンディーを最終的に始末したのだ。
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 ガンディーは、ナショナリズムに対して非常な警戒心をもっていた。ガンディーの最後の断食は、ナショナリズムに対する抗議だった。ガンディーとタゴールは、国民国家という考えを受け入れなかった。他方、会議派のネルーは、ナポレオンを称賛し、モディの口癖は国家利益だ。(国益の前で個人は何が言えよう。だが、国益に反しても個人は発言し続けなければならない。それが逆説的に国益になる。国益による個人への締め付けは愚かなやり方である)。モディの勝利は、インドの連邦制の理念の放棄に他ならない。インドは、インドという国家体制を必要としない。ガンディーは、村々が武装するような国を考えていたのだ。発電所のために農民の土地を取り上げてはならない、少数部族民を食べさせているのは森である、とガンディーは考え続けた。
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 自分の足で歩いて旅をする者はもういない。我々の祖先は、自然との調和の中で生きる謙虚さをもっていた。原初、人々は食べるものに事欠かなかった。それをためこむことによって変化が生じたのだ。ガンディーの理想の追求を、モディは完全に打ち砕いた。会議派の腐敗が、モディ躍進の背景にある。
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 我々は、善なるものと悪なるものとの闘いを自らのうちに認めなければならない。その意味で『罪と罰』におけるラスコーリニコフは忘れがたい人物だ。
 (ラスコーリニコフは、悪を処断することは悪にはならないはずだという仮説を実地に試してしまった。しかし殺人は違う。殺人はその理由によって正当化されえない領域を含む。そのような正当化してはならない試みにインドは、今入りつつあるのかも知れない。ヒンドゥー教は、それらの殺人を含む魅力ある悪の試みを、むしろ代替する装置であるのだが)。
 繰り返しになるが、我々自身のうちにある悪が問題なのだ。ヒンドゥー教における罪は、個人的な ものではなく、すべての生けるものの罪なのだ。非暴力の日常を送るインド人が暴力を求めている。今、そのような状況に私たちは立ちあっている。
 (暴力を求める人々の願望がモディの選挙を勝利に導いた。アナンタムールティは、我々自身が持つ悪は、根源的であるがゆえに宗教が取り組むべきテーマと考えている。だが、モディは、それとは知らずに、その制御されなければならない願望・衝動を政治のパワーに変換してしまった)。

プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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