FC2ブログ

93.ショロディンド・ボンドパッダエ『風変わりな人たち、ボムケシ・ボクシの事件簿』、Saradindu Bandyopadhyay, Menageries & other ボムケシ・ボクシ Mysteries, translated from Bengali by Sreejata Gua, first published by Penguin Books India 2006.

Menagerie_bbb.jpgインドの推理小説を読んでみた
カルカッタ郊外のコミューン農園には
わけあり人生の人々が集まっている
あるいはカルカッタの街に住む
物乞いから上流人士までの
生活の表と裏が描かれてゆく
物乞いは小金をため込み
有名人士が博奕で借金を重ねる
有閑事件解決人のボムケシ・ボクシは
鋭利な推理を展開するのだが
彼の着ているものが
白いドゥーティなのが格好いい
ショロディンド・ボンドパッダエのばあい
そのインド的な味わいというより
ベンガルの香りが強い
ごく単純な結論は もっとボンドパッダ
のミステリーを 読んでみたくなった のだ


   この推理小説家にどうして辿りついたのか考えていたら、少し時間がかかったが、何となく分かってきた。この小説の翻訳者スリージョト・グハが導き手であったのだ。彼女は、シャラッチャンドラのとても面白い小説『デーブダース』(飛鳥出版)などをベンガル語から英語に翻訳し紹介している。シャラッチャンドラを取り上げる人なら、彼女が翻訳紹介している他の小説も面白いに違いないと思ったのだ。でも、この小説を買ってから何年もこの小説のことを忘れていた。今回、たまたま冒頭の数頁を読みだすと、インドならではの魅力満載の小説であることに気付き、残りの頁が惜しくなる感じで一気に読み上げた。

   この小説集には、四編の推理小説が収められている。表題にある“風変わりな人たち”と“はりねずみ”が、百数十ページぐらいの中編で読ごたえがある。それを紹介してみよう。

   ニサノト・シェンは、ボンベイで判事の職にあった。高血圧などの健康上の理由で40歳で職を辞し(と冒頭では説明される)、今は、カルカッタの郊外で農園(花と野菜を栽培している)を営んでいる。この農園というのが一風変わっていて、ワケありの人達があつまる一種のコミューンなのだ。ブジョンゴダルは、元形成外科医であったがやむえぬ事情で事件を起こし、医療免許を取りあげられ、今は農場の獣医を務めている。彼は、またシタールの名手でもある。ネポルは、化学分野の科学者で、肥料創薬の実験中に爆発事故を起こし、顔半分が醜く変形している。とても偏屈な人である。ムクルは、彼の美しい娘だ。農園主の甥ビジョイビジョイとの婚約の話があったが、バナラクがやって来るとビジョイは彼女に気が移り、婚約は破談となる。バナラクは魅力的な女(性)だ。ただ、彼女は、村で禄でもない男と駆け落ちしたがうまくゆかず、カルカッタにいるときに農園主の甥ビジョイ に農園を紹介され、人生をやりなおしているところなのだ。ブラジャドスは、裁判所の元事務職の男だ。横領で監獄に入っていた。出獄後ヴァイシュナバ派の信仰に入り今は良く働く。一生涯ウソをつくまいという誓いをたてている。ムシキル・ミオンは、農場お抱えの馭者、どうもオピューム(阿片)中毒のようなのだ。

   そのような農場に奇妙な出来事が持ち上がる。農園主ニサノトのコテージ(農場の住人はそれぞれのコテージに住んでいる)の玄関前に、自動車の中古部品が放置されることが繰り返されたのだ。初めは、プラグ、ゴム製の警笛そしておもちゃの自動車。この異様ないたずらにただならぬ胸騒ぎを感じて、農園主ニサノトは、評判の事件解決請負人ボムケシ・ボクシボムケシ・ボクシのところへ相談にきたのだ。嘗ての判事は彼が下した判決に怨みを買う可能性があること、突如行方不明になったスノエノという映画女優のことが気になっている、とも告げる。

   事件は、農園主ニサノトの病死に見せかけた殺人、農園の住人の聞き取りが進むなかで、農園主ニサノトの後妻ドエモンティは、嘗ての判事が死刑判決を下した極悪人ラル・シングの妻だったのだ、ということが分かってくる。農園主ニサノトはそれを隠していた。ラル・シングによる恐喝・復讐殺人の線が浮かび上がってくるが、じつはラル・シングは出獄後、二年前に死去していたのだ。真犯人の捜査が続く中、何かを知っているが発語に障害のあるポヌガポルが殺される。農園の誰もが疑わしい事態となってくる。ヒーロー探偵のボムケシ・ボクシが路上で襲われ傷を負い緊迫度がますなか、彼は真犯人を突き止めるための一種の賭けにでるのだ。
   この“風変わりな人たち”という推理小説が、実にいいと思うのは、そこに散りばめられているインド的意匠というよりも(シタールやヴァイシュナバ派の信仰も、楽しみの一つであるけれども)、真犯人の犯罪の動機の不分明さに、実はある。金品を巻き上げもするが、それが真実の動機とは思えない。犯罪などに手をそめなくとも充分にうまく生きていけるある種有能な人間が犯罪に溺れてゆくところが面白いのだ。悪知恵と社会からの逸脱に生きがいを感じる人々を描いている、と言える。
  また、事件の発端に自動車部品の放置をもってくるあたりも、いかにもインドらしい、と思ってしまう。おそらく それらの部品は、シリアスな事件のしるし(恐喝とか殺人予告)なのだろうが、滑稽感を通り越して、どこまでも真面目に演じられる喜劇のようで思わず笑いがこみあげてくる。シリアスな滑稽感がとてもいいなーと思う。……“風変わりな人たち”は、1953年に発表された。
       
                                                              ☆☆☆

  “はりねずみ”という小説は、“風変わりな人たち”と違って、郊外ではなくカルカッタの街を舞台としている。カルカッタという都市のヒエラルヒーを背景に事件が起こる。

   最初の殺人の情景が印象的だ。
夜明け頃、南カルカッタにあるガル公園近くの粗末な茶店で、乞食のパグロムは甘くてあったかい紅茶を、ビスケットを齧りながら素焼きのカップで飲んでいた。それがいつもの場所で物乞いをするパグロムの一日の始まりなのだった。春の朝、南カルカッタの街路には、まだかすみが深く立ちこめていた。パグロムは、彼の習慣で、塀に向かって紅茶を飲んでいた。人の気配を感じ振り向くと、その途端、背中から胸にかけて鋭く強い痛みを感じた、そしてすべてが闇のなかに吸い込まれていった。……翌日の新聞の片隅にこの事件についての小さな記事が掲載された。ただ、その記事に眼をとめた人にとって、この事件が少し変わって見えたのは、その乞食を殺傷した凶器が、はりねずみの剛毛=針であったことなのだ。

そしてこの乞食殺人の動機が不分明なまま(物乞いは、予想外に小金をため込んでいる場合が多い、という物取り説も交わされる)、ひと月もすると、今度はホームレスの日雇い労働者が同じくはりねずみの針で殺され、さらに数週間すると雑貨屋の店主が同じ凶器で殺される。社会ヒエラルヒーを上昇してゆく奇妙な連続殺人なのだった。狂気の変質者による殺人事件を人々は噂しあったのだ。

“はりねずみ”は、カルカッタの街を舞台にする推理小説である。社会ヒエラルヒーを遡る殺人事件に、もう一つの物語が接ぎ木される。それは、良家の若い娘ディーパが、カーストを異にする男との自由恋愛に落ちてしまったのだ。自由恋愛は、当時のカルカッタの上流社会では明らかな違反行為だったのだろう。彼女は、家族から不本意な別の結婚を強要される。ディーパは、もし愛する男と駆け落ちすれば、厳格な祖父は、ディーパを殺し、そして彼も自害するだろうと考え、強制された結婚を受け入れるのだ。

   上流の若い人々が毎晩、集まり楽しむ茶会がある。ディーパの強制された夫ドボシシュは茶会にたまに顔をだす。第四のはりねずみ殺人は、そのドボシシュに向かう。はりねずみ殺人の犯人は、実はディーパの駆け落ちしようとした恋人であるのだ。どうしてそうなるのかは、少々こみいっているが、その動機を抽象的に言えば、金銭上の行きづまり、富める者への不幸重なる者の怨恨、そしてその代償としての金銭欲ということになる、と思う。はりねずみ殺人には、“風変わりな人たち”と違って、復讐の情念が強い。

   ショロディンド・ボンドパッダエのミステリーには、カルカッタの中産階級の夢と願望、あるいは道徳観念といったものが素直に表現されている、と思う。だいたい、このシリーズのヒーロー、ボムケシ・ボクシが、私立探偵とはいいがたい、何で食べているのかわからない男なのだ。頭脳明晰、ただし決してハードボイルドのタフガイではないところに理想が隠れている。彼は、推理によって人々の邪悪な情念を明るみだす。警察当局と極めて友好的なのも面白い。警部は、ボムケシ・ボクシに頼りっぱなしである。
ボンドパッダエの描くカルカッタの中産階級の夢と願望のなかでも、ディーパの強制された夫ドボシシュの人物像が、とりわけ傑出している。優しく高貴で争わない、優美ですらあるキャラクターなのだ。バタフライ化粧品会社の御曹司であり、夜は外国の科学雑誌を枕もとで読み、友達から金の算段を持ちかけられれば躊躇なく金をかし、工場の誰からも好かれ、ギャンブルや女遊びとも無縁だ。ディーパは、自分には愛する人がいて、あなたと夫婦となることはできない、と告げる。それに対して、夫ドボシシュは怒りを抑え、彼女の苦渋をうけとめ、彼女に直接触れないことを約束しさえする。やがて「お前は私を好きでないかも知れないが、私はお前を愛する」とドボシシュは言うのだ。

sharadindu.png
ショロディンド・ボンドパッダエ Saradindu Bandyopadhyay
1899~1970 ビハール州ジャウンブルに生まれる
カルカッタのヴィダショジ大学在学中に20歳で詩集を出版
パトナで法律を学ぶ
1938年ボンベイに移り、ボンベイ・トーキーズ社で映画台本を書く
1952年プネーへ 作家業に専念
1967年ベンガル文学賞Rabindra Pursakarを
およびカルカッタ大学よりSarat Smriti Purashkarを受ける
活動領域は、詩、小説、短篇小説、戯曲、映画台本、エッセイなどと多技にわたる

   だた、ひとつ気になるのは、“風変わりな人たち”における殺人が、“はりねずみ”における殺人とあきらかに異なることだ。“風変わりな人たち”においては、愛するカップルが違反行為を共謀して仕掛けてゆく。ふたりの愛の深さと犯罪の進行は不可分であるように読める。とても純粋である。最後にふたりは、別れの接吻によりともに服毒自殺する。彼らの表情は犯罪の快楽と共犯の至福を表している、とさえ言える。つまりそこには、殺人や犯罪でしか満たされない限界を超えた欲望がある。一方、“はりねずみ”の殺人は、ありきたりで、暗くて悲しい。殺人の動機は、金や復讐であり、殺人そのものによるこの世の掟の向こう側への飛躍はない。この変化は、ショロディンド・ボンドパッダエという作家の、保守化、退廃、世間への迎合にも思えるのだ。……“はりねずみ”は、1967年に発表された。



プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR