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92.シャラッチャンドラ・チョットバットヤーイ『村』、Saratchandra Chattopadhyay, Pallisamaj (The Village Life), in Saratchandra Omnibus Volume 1, first published by Penguin Books India 2005.

saratchandra omnibus父の葬儀のためにラーメシュは街から戻ってきた
人を思いやり人助けを厭わない好青年だ
そのラーメシュが より意識的な
村の変革者となってゆく
ただ 少し込み入っているのは
彼の変革に立ちはだかる者が
親族であり また愛するラーマなのである
シャラッチャンドラは
村のという外部と 変革者の内面を
ときに極めて洗練された情景をまじえながら
作家自身の生き方として問い詰める

   
    U. R. アナンタムールティの小説、『バーラティプラ』では、U. R. Ananthamurthy, Bharathipura, 裕福なバラモンである主人公が、新月の祭りの夜、ホーレヤール(不可触民)を寺院の境内に進入させ、神々のたたりなどないことを明らかにしようとする。モハンダス・カラムチャンド・ガンディーが試み、失敗したことをアナンタムールティは小説で再演しようとした。小説『バーラティプラ』(バーラティプラは、南インド、カルナタカ州にある門前町)は、社会変革とはどのようなことなのか―変革の対象、変革の主体、変革の目的、変革の動機、さらに言えば変革の希望に潜む欺瞞、等々について―を思い悩み、問い詰める。そして、その『バーラティプラ』の主人公が読んでいたのが、この小説『パリサマージ 村の生活』(原作はベンガル語で1916年に発表)なのである。シャラッチャンドラの『村』も、社会変革について、作家が思い悩んだ作品だ。

    小説の冒頭のページがつねに重要である。この『村』という小説の場合も、小説の問題系を暗示している。要約してみよう。

    ベニ・ゴーサルがムケルジーの家にやって来て、「ラーマはいるかい」と呼ぶ。おばさんは、お祈り最中なのだ。それでも、おばさんは台所の方を示す。ベニは、あがり框(かまち)のところに立って、ラーマに「どうするんだい」と話しを切りだす。鍋を竈から取りあげると、ラーマは「何のこと」と聞き返す。「タリニ・クーロの葬式のことだよ。ラーメッシュが昨日帰ってきた。大そうな葬式をやらかそうとしている。ラーマは葬式にでるのかい」。ラーマはいささか憮然として「私がタリニの葬式に行くって」。ベニは「分かってはいるんだけど、あいつは葬式に来てくれるように皆のところを回って歩くはずなんだ。やつはあいつのおやじ以上の悪人だ。やつが来て葬式に来てくれと言われたら、ラーマはどうするんだい」とベニは続ける。

    祖母のいる遠い街にでていたラーメシュが、父の葬儀のために村に帰ってきて、葬儀(村人への大盤振る舞いでもある)を執り行おうとしている。ラーメシュのおじで村の実力者であるベニ・ゴーサルが葬儀をぶち壊そうとしている。ラーメシュを村から追いだし、彼の相続財産を横取りする下心があるのだ。血縁で結ばれた小さな世界で、妬み・遺恨がうずまいている。いや、シャラッチャンドラは愛もあると言っている(ただし、今彼女は、家の隅の暗い台所にいる)。ベンガル地方のこのクアプール村では、その愛憎が激しい。どうしてそうなるのか、背景を辿ってみよう。

    話は、百年前に遡る。バーララム・ゴーサルとバーララム・ムカルジーは大の親友だった。二人は、語らって生まれ故郷を捨て、クアプール村に落ち着いたのだった。それぞれがこの村で結婚し家を構えていく。ただ、ムカルジー家が、良縁を機会に富み栄えていく一方で、ゴーサルの方は、ぱっとしなかった。二人の仲はいつしか疎遠になっていった。しかし、バーララム・ムカルジーが死ぬと意外なことが明らかになった。ムカルジーの遺言は、全財産の半分を、嘗ての親友であるゴーサル家に譲るよう命じていたのだ。その遺産により、ゴーサル家とムカルジー家は、クアプール村を差配してゆくようになったのだ。…これにまた別の争いが付け加わる。バーララム・ゴーサルの息子ベニとバーララムの弟タリーニの争いだ。土地や財産をめぐる係争が繰り返された。今、タリーニが死に、彼の息子ラーメシュが村に帰ってきた。ベニ・ゴーサルとムカルジー家は、今は、結びついているようだ。ムカルジー家のラーマは、タリーニのせいで、父親が監獄に送られたのだと思いこんでいる。

    社会変革を問う小説『村』において、ラーメッシュが生まれ故郷に帰ってきたのは、村を良くするためではなく、父の葬儀を行うためだった。ラーメッシュは、カルカッタから料理人を呼び盛大な饗宴を行う。ラーメッシュは気前が良い。だが、現実の葬儀は、遠くから見も知らない親族があらわれ、意地汚い飽食があり、卑しい噂話、痴話げんかが繰り広げられた。心の狭い人々にラーメッシュはうんざりするのだ。街で思っていた村の素朴で清らかな絵はそこにはなかった。ラーメッシュの魂が彷徨いだす。彼は、村の貧困・矛盾・抑圧に目が開かれてゆく。

    シャラッチャンドラの長大な自伝的作品『シュリカンタ』Srikanta (1917-1933)、における人助けは、即物的である。あるいは成行き、衝動的である。そこに困っている人、病気で苦しんいる人がいれば、自分を犠牲にして、人助けする。それが遠大なまわり道をつくる。『シュリカンタ』という小説は、人助けと愛のまわり道についての小説なのだ。シュリカンタ(作品のヒーロー)においては、人助けは、人を愛することと同列のように見える。社会変革というような概念、もっと言えば社会主義にむすびつくような革命の観念とは無縁なのだ。しかし、『村』は違う。個人と個人の関係ではなく、村における多くの人々の窮乏や不幸に対して(ただし、村という限定はある)、義務と責任を、あるいは人の生き方を問う。この小説のヒーロー、ラーメッシュは、生まれ育った村の貧しい多くの人々のために生きる道に巻き込まれてゆく。あるいは、選択してゆく、主体的に。

    葬儀のあと、いくつもの事件が続く。村のボス、ベニ・ゴーサルは入相の池の魚を独り占めしたり、学校の運営資金を横領したりするのだ。ケチな話だ。あるいは、ラーメシュを村八分にしようとする。しかし、人々の苦しみは小さくない。ラーメッシュは憤慨し抗議の行動を起こす。そして、長雨のあと、村人の作物が全滅してしまうかも知れない危機に見舞われる。ベニ・ゴーサルが、堰の門を開けようとしないのだ。ベニは、洪水でできた池・湖の魚で一儲けしようとする。村人が、ラーメッシュに助けを求める。ラーメシュは、関係者、ラーマやベニの母親への説得を試みるのだがうまくゆかない。農民の作物が全滅したら彼らはどうやって生きてゆくのだとラーメシュがつめよると、ベニは、土地を抵当に借金で食いつなぐだけだと答える、自分が金を貸してやるのだ、と。ラーメシュは、ついに剛腕の使用人を送り、力づくで堰の門をあけさせる。ラーメシュは暴力で悪に抵抗することになるのだが……。

    この小説の、ある一章は、不思議な愛を語っている。二人の出会いと半日の行動はまるで夢のなかのできごとのようである。これは、幻想なのか、白日夢、よく分からない。が、とても気になる。この章は、二人の愛とその社会化(ムラ社会という文脈における二人の愛)を語っているようにも思える。とんでもない誤解・誤読であるかもしれない。勇気をだして要約してみよう。

    葬儀から数か月がたっていた。ラーメシュは、タラケシワールの池に沐浴にでかけた。池へ下る階段のところで一人の女に出会う。今、沐浴を済ましたところなのだろう。歳の頃は二十歳にもいかない。娘は、ラーメシュを認めると水瓶を置き、サリーを身繕いして「ここにいらしたの」と声をあげた。ラーメシュは驚き「私のことを知っているのですか」と問い返した。「存じております。いつこちらへいらしたの」、「今朝、いとこもくるのです」。彼女はさらに続けて「お付きの者は」と聞き、「一人なのです」と彼は答えた。彼女は笑い、眼を合わせ、控えめに「私についていらして」と言う。
    彼女が寺院で祈りを捧げているあいだラーメシュは、奇妙な感覚に酔いながら彼女を待っていた。彼女の濡れたサリーが不思議な磁力を発しているように思えた。祈りは一時間半ほどで終わった。
「どうして自分を連れてゆこうとするのですか。あなたが誰なのか教えて下さい」とラーメッシュは問うた。すると彼女は、少しの沈黙のあと「こうしなければならないのです。食事の用意があります。私はラーマです」と言った。
    二人は、とある屋敷で休みをとる。ラーマはラーメッシュに食事を供する。質素な食事なのだが、ラーメッシュはそれに例えようのない満足を覚える。ラーマは、敷物を広げ、ラーメッシュに午睡をすすめるのだ。ラーメッシュは、午睡の習慣がない。ラーメシュは、部屋に一つしかない窓から雲を見ている。ラーマが閾のところに立って「今夜は泊っていらして」という。ラーメッシュは驚き「この家の主に話さなければ」と答えると「この屋敷は私のものです」とラーマが言うのだ。……それからまた対話が続く(それは、ラーメッシュの今の、人の生き方についての深い煩悶を語っているようだ)。ラーマの祈り、篤い信仰について(ラーマはアプリオリに絶対者に帰依する者のようだ)、「夕食は何がよろしいですか」というようなこと(どうしてラーマは食事に執着するのか、逆にラーメッシュは何でもいい、と無頓着だ、ただしそれは共食の儀ではない)、ラーメッシュは死後の世界を信じる者である、というラーマの指摘(ラーメッシュは現世を正しく生きなければならないという倫理に捕われ苛まれている)、ラーマは自分が未亡人であり、ヒンドゥーの世の中では生きながらえないと言う(喜び、あるいは愛を禁止された者、すなわちラーメシュの愛の拒絶を表明する)、ラーメッシュは裕福であるがゆえに他人を思いやれる、そうでないものは自分が生きてゆくだけなのだ、人のことに思いをいたすのは子供のすること(ラーマは、変革という冒険ではなく人が生きていくための生活の重みを言っている)、等々と続く。そして、この章は、ラーマの大量の涙で締められる。

    二人は、他の者をおしのけて利己的に愛を成就しようとしない。妖艶な愛のやりとりのなかで二人が交わす対話は、倫理的で、社会変革と日常性の相克を問い詰めているように見える。ラーメッシュは、変革の倫理を語り、ラーマは、生活という日常、それとそれらを司る超越的なものを言おうとしている。そのようなシリアスな問答を、シャラッチャンドラは、何とも言えない洗練された愛の場面のなかに設定する。ラーマの家は、神の家に違いない。そこに立ち寄り、休み、食事をとる者は、変革に勤しむ者、心飢えた者である。だが、ラーメッシュは、そこで安らぎ何かを思いだしているが、変革という観念を忘れたわけではないのだろう。

saratchandra.jpg
シャラッチャンドラ・チョットバッドヤー
Saratchandra Chattopadhyay (写真左)
1876年、西ベンガル州フーグリの村に生まれる
貧しいバラモンの家にうまれ正規の学校教育は受けていない
妻と幼い子供をビルマにおいてペストで亡くしている
1938年、カルカッタで没
シャラッチャンドラはベンガル語で書く作家であり
はじめその小説はタゴールの筆名による作品ではないかと噂された
近代インドの初めての職業作家であり
ベンガルでもっとも人気が高くもっとも多数の読者を持つ
作家と言われている
彼の作品は 何度も映画化されている

    シャラッチャンドラは、愛と破壊の神々に物語を捧げる作家だ。しかし、時代がそれを許さなくなった。同情や親切とは違うイデオロギーと鋭い社会批判の時代に入りつつあった。ロシアにおけるボルシェヴィキの革命は目前である。インドの社会も大きな変革を必要としている、と作家は感じている。自分が考えてきた正義と善意だけでは、社会は変わらないかも知れない。作家は、かなり無理して、悩みながら、自分にとっての社会変革を問い詰めた。それが『村』という小説なのだと私は思う。


プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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