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90.ニルマル・ヴェルマ『どこかよその世界』、Nirmal Verma、The World Elsewhere and other stories, published by Readers International, London 1988.

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   インドの現代小説を読む楽しみは、二つある。一つは、物語の面白さ―それはインドの長い物語文学の伝統に繋がるものだろう―であり、もうひとつは、インド現代小説の情報不足により、直接作品にあたってゆけること、世間の評価などにはまったく無頓着に作品を読める自由があることなのだ。そのようにして、R. K. ナーラーヤンやU. R. アナンタムールティ、ヴィジャイ・テンドゥルカル、ウダイ・プラカーシ、アミット・チョウドリー、サーダット・ハッサン・マントを読んできた。今となってみると、それは他のものに置き換えられない、とても貴重な経験なのだった。この短編小説集『どこかよその世界』も、何も知らないで読み始めた。そして面白く読み終えることができた。ただし、その面白さは、物語の面白さとは、簡単には言えない。

   ニルマル・ヴェルマは、ヒンドゥー語で書く作家だ。ヒンドゥー語で多くの短篇小説、エッセイ、旅行記を書いているようだ。インドにおいてヒンドゥー語で書く作家であることは、反時代的で、少数派の試みである。それは流行に逆行している。
   ニルマル・ヴェルマは、ヒンドゥー語作家であるとともに、とても興味深いことに、チェコの現代文学の研究者で、カルル・チャペックやミラン・クンデラをヒンドゥー語に翻訳し紹介している。ニルマル・ヴェルマは、反時代的なヒンドゥー語作家であるとともに、現代文学の先端を知っているのだ。先端的なものと、時代遅れの共存は、何か理想的な時代との関わり方をしめしてはいないか。
   また、ヴェルマは政治も含め活動家・実践家の側面をもっている。彼は、若い時分から、ガンディーの早朝礼拝に参加するかたわら、インド共産党の党員だった。だが、1956年の「ハンガリー動乱(革命)」で共産党を離れる。我が国における反スタリーニズム運動の先駆けと同じ感性・魂のありようが感じられる。そして、チェコには研究のため十年もいた。その時も、「プラハの春」に続くソ連軍の侵攻(1968)に抗議してチェコを去ったのだ。

   この『どこかよその世界』には十二篇の短篇小説が収められている。あえて数える気はしないのだけれども、どうだろう、四分の一ぐらいの作品が、故国インドを舞台にしていて、その他は、チェコ・プラハあるいはロンドンが作品の舞台になっている。

   このように、これらのヴェルマの短篇小説については、作品そのものではなく作品の外側から―伝記的なことやら、作品の舞台やら―書き始めなければならない気がする。それは、これらの短篇小説が、語りだせば、遠ざかり逃げてゆくような極度の繊細さをもつ小説だからだろう。

   あえてこれらの小説の主題(主調音)らしきものを考えてみると孤独、障害のある恋愛(所謂不倫だけではない)、エゴイズムもしくは欲望というような言葉が浮かぶ。政治や仕事(この作家の場合チェコ文学)については、それをはっきり分かるように語ることはない。

   パブで老人は、死後の世界があると思うかと聞いてくる。そして亡くなった妻のことを語りだす。ゲシュタポが彼女を連れ去り拷問した、のだと言う。その日から妻は帰ってこなかった。老人も執拗な尋問を受けた。妻は、極秘情報を一切夫にはもらさなかった。だからゲシュタポは自分から何も聞きだせなかったのだ。妻の秘密主義が老人を救った。だが、その秘密主義は、東欧の社会主義国の、まるでカフカの小説のような不条理な現実のアレゴリーというよりは、老人の孤独を表現しているはずだ。妻の秘密行動は、やはり不可解である。老人の話は、どこまでが実際にあったことで、どこからが創作なのか、分からない。あるいはすべてが妄想なのかも知れない。個人的な不幸を、歴史的な不幸の記憶にすりかえているのかも知れない。“地面から1インチ半”An Inch And a Half Above Groundという短篇は、とても孤独感のつよい小説なのだ。

   妻をもついい歳の男が、子供ほども歳の違う娘と愛し合う。主人公は、初め古書店に本を売りに行く。娘はカウンター越しにすわり、パンを食べていた。彼女は、「驚くべきことに」英語が読め、何とか話せもした(チェコでは、英語が、公式には帝国主義の言葉であったのだろう)。その英語が二人を近づけたのだ。本の英語原稿のタイプを娘は手伝うようになる。そんな風に小説ははじまる。春三月から秋十月へと時間が流れていく。彼のところへ、妻から病気だから帰ってきてほしい、と電報がはいる。娘は、彼女(妻)がしばしば具合が悪くなるのかと聞く。彼は、病気ではないかも知れない、と言うのだ。娘は、彼の帰りを数日まつ。彼と彼の妻は今別の街に一緒にいるのだと思いながら。娘は妊娠しているかも知れない。最後の頁で、彼は娘に、母語で「ソーノ」(死にたい)と囁く。“男と娘”The Man and the Girlという短篇は、その一言のためにすべてがあるような小説だ。
   ニルマル・ヴェルマの小説は、病の表情が変化に富み豊かだ。少年は、ここシムラで肺病の療養中である。鋭い観察眼の持ち主なのだ。一家は、少年の病が快方に向かえば、デリーに引っ越ししようとしている。少年は家の手伝いをしているバーノになついている。ざっくばらんでいい関係だ。母は、自分の病気のことよりも実はべつのことが気がかりなのだと少年は見ぬいている。優しく知的な母親が、欲望を抱いているのだ。ある日、少年は、母の読む本にビレンおじさんは署名を見つけ胸騒ぎを覚える。ビレンおじさんは、シムラの歴史を本に書こうとしている生業をもたない独身のインテリだ。母親とビレンおじさんは、人間のあるべき自由のような価値観を共有している。その夢想は、二人の欲望を隠している。父は、二人の自由への観念からははじかれている。あるいは、父は、二人が暗示する自由をモダンな意匠とは認めても、実際には受け入れない。父は、現実のルールに基づく現実の運営者であり、謹厳な家父長なのだ。母親は、おばさんのところから帰ってきても(離婚の希望は叶えられなかったのか)、自分とは顔を合わせようとしない。デリーの引っ越しの日、少年はおじさんを訪ねてゆく。以前に、母とおじさんをたずねた時、少年がいたずらでとって母とおじさんとの幸せそうな写真を、手渡される。おじさんは、その後外国へ(イタリア)に移住していった。この小説“闇のなかの帳の下で”Under Cover of Darknessは、過去の不幸の怖ろしい蘇り(家のそばのロッジ)よりも、母親の息子をも顧みない欲望が輝いてみえる。

無題
■ニルマル・ヴェルマNirmal Verma
1929年4月 シムラ(ヒマーチャル・プラデーシュ州)に生まれる
2005年10月 逝去、享年76歳
1985年 サーヒティヤ・アカデミー賞を受ける
2002年 パドマ・ブージャン賞を受ける

   短篇集というものは、いつも思うのだけれども、ひとつひとつの短篇は、文章の密度が高く、細部が重要で、神経を集中して読もうとしても十全の理解が難しい。それでも、一冊の短篇集を読了すると、なぜか気になり、好ましく思える短篇のひとつ、ふたつが浮かび上がってくるものなのだ。
   そういう意味で、若く貧しい恋人どうしが、夜のプラハの街・通りを彷徨い続ける“恋人たちの部屋”A Room of Their Ownはとても素敵な作品なのだ。最後、路上の恋人どうしは、二人になれる部屋を持てない晴れ晴れしさを言う。逆説ではない。それは本当であると私は考えた。
   そのように気になる作品で、もっとも面白かったのは、表題にもなっている“どこかよその世界”だ。英国で、TVドラマ化もされた。
   学校帰りの少女が公園で遊んでいる。彼は図書館で本をよみながら、時々窓越しにその少女を見る。ある日、その少女が、公園の遊歩道で彼を呼び止め、木々に食べ物をやりなさい、と唐突に言う。この公園の木々はおなかを空かしている、と。彼は、花と木の葉をハンケチにあつめ、それを木々に供える。彼は、少女の遊び相手を務めるほど暇なのだとばかりは言えない。少女は、公園の木々と会話したり、そこにはいない母親と会話をしたり、孤独で奇妙な遊びをする。そこから、少女と彼女の母親とのささやかだが交流が始まるのだ。……黒人のような真っ白できれいな歯とか、西インド諸島出身者風のアクセント等という仄めかしはあるが、人種や出身地について明言はされていない。しかし、この親子二人の一人芝居は(母親もそこにはいない夫に気づかうよう振る舞う)、どこか未開の、文明に染まらない、精霊とか呪術につながる雰囲気がある。
   この短篇は、少女との別れで終わる。彼女の父が、引き取っていったのだ、と聞かされる。少女との交流は、鳩のエサをねだられたり、トイレの用だったりと他愛もないものなのだが、それは男と女の、恋愛とほぼ等しく、彼の最後の愛撫は、怪しい魅力という以上にストレートな少女への愛情表現なのだと感得する。

   ニルマル・ヴェルマは、人間の欲望の根本を探求する。社会は、その欲望を隠し抑圧している、と作家は考えているはずだ。ニルマル・ヴェルマは、人間探求を括弧に括って、政治的な立場を優先する道をとらない。ヴェルマは、人間の欲望に奉仕する社会主義を模索している。
プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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