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68.R. K. ナーラーヤン『お祖母さんのお話』 R. K. Narayan, Grandmother’s Tale, first published in 1992 by Indian Thought Publications.

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『お祖母さんのお話』は
子供向きの 人情に訴えるような
たわいのもない
お話だと 初めは思った
しかし 読み進んでゆくと
お祖母さんが語る「先祖の話」は
実は ナーラーヤンの小説世界の
原形であり 根源なのだと
気付かされたのだった








    久しぶりにナーラーヤンが読みたくなった。あの穏やかな温かさと、我儘で矛盾にみちた人間たちが恋しい。ユーモア、あるいはむしろあの不条理な悪の味わいも捨てがたい。そこで、何となく遠ざけていた『お祖母さんのお話』を手にとってみた。子供向きの本のようだ。読みだすと、懐かしいナーラーヤンの声が聞こえてくる。本の冒頭、どこまでが事実で、どこからがフィクションなのか、あまり詮索しないよう作家は読者に諭す。ナーラーヤン自身もそのようなことは分からないのだ、と。

  ナーラーヤンは教育熱心なお祖母さんっ子で、そのお祖母さんは何と言うべきなのだろう、母親を超えた母性、つまり優しく厳しい存在であるとともに、何かに耐えている姿が目に浮かぶ。ところで『マハトマを待って』Waiting for the Mahatma,1955という小説はまったく傑作な小説で、死んだはずの祖母さんが生き返ってしまう。

  お祖母さんが孫に語るお話は、善意な人々による人情味あふれる物語ではない。曾祖父には放浪癖があって―彼は責任が嫌いなのだ―また、彼を追う嫁は、夫の愛人をしたたかに追放する。夫の愛人スルマはとてもいい人であるにもかかわらず、だ。さらに、曾祖父ヴィスワは、老境に到って十七歳の若い娘と再婚する。それは出来すぎた息子(英植民地政府における行政官)への老人の不満なのだとナーラーヤンは注釈するが、この老人の不良ぶりを僕はどう考えるべきなのだろうか。

  思い返してみれば、強烈な妻に追われる話をナーラーヤンは、繰り返し語る(『お喋りな男』Talkative Man、1986や『マルグディに来た虎』袖山榮眞訳を見よ)。妻に追いかけられ容赦のない現実に引き戻される物語の原形が、この曾祖父の行状にあったのだと、今知る。「先祖の話」は、世代を超えた経験の真実と謎をナーラーヤンにもたらした。

  ところで、ナーラーヤンの実際の結婚を思い起こしてみると―それは当時のインドでは例外的な恋愛結婚で、ある意味反社会的な行為だった―ナーラーヤンはその最愛の妻をチフスで結婚後わずか六年で失う(その短い結婚生活と妻の死については『英語教師』The English Teacher、1945がいい。圧巻は妻の葬儀だ。米を亡骸の口に押しあて、遺体を担いで街を抜け、川岸の焼き場に運ぶ。妻の亡骸が火葬される時、主人公は燃え上がる炎だけが人生の真実なのだと観想する)。ナーラーヤンは、自らの精神の危機に抗うようにマドラスのマリーナ・ビーチ(延々と続くベージュ色の砂地が美しい、と僕は記憶している)を何時間もひたすら歩き続けた。交霊術のサークルに入り妻との交信に危機の時を過ごした(これについては、『回相』My Days、1974に詳しい)。しかし、それゆえにか、その後ナーラーヤンは再婚することはなかった。強烈な妻に追いかけられるというオプセッションは、ナーラーヤンの場合、もしかすると妻に追いかけられたいという願望にも思えるし、あるいは亡き妻を忘れることができない心のあり様そのものなのか、とも読者ならばいろいろと考えてみたくなるところだ。

  この物語を読むと、曾祖父の息子(ナーラーヤンにとっての大叔父というべきか)は医師でありかつ行政官である。またこの物語の語り手である祖母の夫は、判事である。この一族の物語に見え隠れしている家族のエリートたちが僕は気になった。彼らの生活のスタイルをナーラーヤンは、少々ユーモラスに描いているけれども、そこには屈折がある。あるいはむしろパンカジ・ミシュラ(ごく最近彼の翻訳『帝国の再興』が出版された)などは、彼ら家族のエリートと英植民地政府や英国の文物との係りを注目している(The Great Narayan, The New York Review of Books, 2001)。つまり南インドの没落しかかったバラモンが英国と係ることによっていかに世の中の変化に取り残されることなく生き残っていったのかを、論じているのだ。これを僕なりに解釈すると、ナーラーヤンの小説世界における純潔なヒンドゥーの理想とは、英国によるインド植民地化と近代を背景にしている、ということになる。あるいはまた、ナーラーヤンが欧米で受け入れられたのは、彼のヒンドゥーの意匠が英国と近代との関係で明瞭な姿をもっているからだ、と考えるべきなのだ。


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R. K. ナーラーヤン
1906年マドラスに生まれる 2001年94歳で没
南インドのバラモンの理想と肌合いを 
彼の小説は 巧みに語って聞かせてくれる
ナーラーヤンを発見し世に出したのは
著名なグレアム・グリーンとのこと
翻訳は 管見では『マルグディに来た虎』袖山榮眞訳
(集英社ギャラリー[世界の文学]20、原著1983年刊)のみ
しかし ナーラーヤンの英語小説は
英語で小説を読んでみたいと思っている向きには
恰好の教材でもある

  物語は、単にお話を聞いて楽しい時間を過ごすためのものではなく、重要なのは、意義ある情報を伝達する器であることなのだ、と言う(ジャン・クロード・シュミット)。お祖母さんは、ストーリー・テラーとして、家族についての重要な情報―放浪の遺伝、勉学と努力による出世、不合理な人生の選択、この世における悪の存在―を孫のナーラーヤンに語った。それは、家族にとっての教訓・家訓である以上に、家族の成員一人一人のアイデンティティに係る。一族の経験を実のお祖母さんから聞くことは、直接的でかなりの強度をもつ情報の伝達・受容である、と思う。ナーラーヤンはストーリー・テラーの資質をこのお祖母さんからひき継いだ。そして、ナーラーヤンの小説の肝要な部分が、お祖母さんから語り聞かされた話の変形であるのだろう。ナーラーヤンの豊かな小説世界は、ナーラーヤンという個人の一世代の創作ではなく、数世代にわたる「先祖の話」が脈打っていているのだ。

(後記:この『お祖母さんのお話』に出てくる地名については殊勝にもメモをとりながら読んだ。そのメモが、今見つからない。マドラスの陋巷やチルチラパッリ、マドゥライ、バンガロール、コラール等々、他にもいろいろな地名がでてきたはずだ。しかし、そのメモの紛失は「あまり事実を詮索しないように」という作家の声と何かしら響き合う。ナーラーヤンの小説を読み、その小説世界に遊ぶということは、地名という大地の特定から離れ、一種さだまりのない時間のなかに泳ぎだしてゆくような感覚をともなう。それほどにナーラーヤンの小説は、僕にとっては酩酊を誘うような素敵な読書経験なのである)。
プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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