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109. アヌラグ・マトゥール『奇妙なアメリカ人』(1997年刊)、 Anurag Mathur, The Inscrutable Americans, First published by New World Library California in 1997.

inscrutable americanアヌラグ・マトゥール『奇妙なアメリカ人』
という小説は
インドの 田舎の 優秀な青年の
一年間の アメリカ留学の記である
それは おどけた表情で始まった
だが アメリカでの人々との交流が
とりわけ女(性)との行違いから
深い孤独の迷路に入ってゆく
マトゥールは 非常に通俗的なものを
丹念に書き込みつつ それとの批評的距離を
築くことによって
真実なるものの姿に迫る
それは インドの現代小説の得意とする
ある種のリアリズム つまり
超通俗リアリズムの完成形に近い


 V. S. ナイポールは、英国留学への旅の途上、何を食べたらいいのか、つまり食物についての禁忌に触れぬように神経をすり減らす。ナイポールは、ガンディーの『自叙伝』におけるある種似かよっ経験に言及しながら、その経験を繰り返し書いて来た。ナイポールは、アイスクリームしか喉を通らなかった。そこまで激しい食物への恐怖、強固な禁忌が存在するのか、とそれを読んで私は驚いた。…アヌラグ・マトゥールの『奇妙なアメリカ人』という小説も、アメリカに渡る留学生のゴパルが、飛行機の中で供される機内食には手がつけられず、代わりに37杯ものコークを飲むのだ。37杯ものコークのおかわりは、スチュワーデスを怒らせた。ナイポールやガンディが至極まじめに悩んだ食への禁忌の物語を、マトゥールは喜劇として書いている。ところで、この小説の導入部は、インドの田舎からやってきた箱入り息子のバカげた挿話であるよりも、インド人であることの強い表現のように見える。インドのある階層の人々にとって、食物のタブーは、人の生き死ににかかわるような重大事なのだ。

 ゴパルは、二十歳で、アメリカ のエヴァーズヴィルというところの大学で工業化学を一年間勉強することになった。実家は、ヘアーオイルを作る会社を経営している。彼は、インドの化粧品工業会における最優秀学生で(数学部門)、業界の推薦と何某かの学資援助を受けているのかも知れない。……ヘアーオイル会社とか、化粧品工業会の優秀学生というのは、多分にギャクやユーモアが入っているのだろう。しかし、喜劇の理解は本当に難しい。ずいぶんいろいろな笑いの種を、この小説を読んでいるようでいて、実は、見過ごしている気がする。何で笑いをとるかは、文化的な背景がわからないと厳しいからだ。

 笑いだらけの『奇妙なアメリカ人』で、やはりランディの存在が面白い。ランディはゴパルの留学中の世話人だ(同じ大学の学生)。ランディは、すべてを茶化してしまう。冗談でしかものを言えない。「メリル・ストリープとデートの約束がないなら、今すぐここに来い」と電話をかけてきたり、「お前が俺の娘とやりまくっているのは分かっている、すぐにこの扉をあけろ、この黒んぼうめ」と叫んだりして朝の来訪を告げる。……良く分からないが、何かこの種のアメリカ人が居るような気がする。そして、私の思い込みでは、この種の冗談しか言えない人々は、先進国に特長的で、逆に、途上国においては、シリアスな人種がまだ多く存在している、ように思うのだ。都会的なセンスと田舎者との対比かも知れない。

   この小説は、喜劇として始まる。ゴパルは、アルコールには手を出さない(ガンディが外国人女性とは決して交わらないと母親に誓ったように)。ゴパルは、コーラを飲み続ける。それが、初めてのデートでビールを飲み、宿酔を体験するのだ。徐々に、女の人との交流を通して―ひどい肥満の彼女や大学でもう一度勉強しなおしたいと思っている美容師、離婚を経験したあとつましい生活をしながら学位取得に励んでいる心優しい女(性)等々、また、ぼったくりマッサージパーラーの挿話もある、相手の女(性)はどうもキャンパスで見た顔なのだ―この小説は、喜劇の雰囲気がひいていき、現実味のある苦悩に変わってゆく。……この小説の最後のページは、自由を経験してしまった者が、しきたりのなかで幸福に暮らしている故郷で、これからどうやって生きていけばいいのかと、ゴパルは煩悶する。

   この小説の最後のページにおける結論(しきたりからの開放と自由の試練)は、いささか唐突であり、その内容は平凡な気がする。というより、この結論も、またクリシェー(紋切り型の慣用表現)を用いた、すなわち批評意識に裏打ちされた小説を終わらせるための便法であるように見える。この小説が豊かで楽しいのは、しきたりからの開放と自由の試練を暗示する結論にあるのではなく、ウブなインド人青年が、アメリカの現実の人々と接触した時の火花のような現象の報告の方にあるのではないか。その報告は果てしなく続く。……インドの市場では、客は、店主や店員と価格交渉するのは、習慣という以上に文化だ。だが、その値引き要求を、エヴァーズヴィルのショッピングモールで繰り返せば、事態は紛糾する。愛想のいい女性店員は、怒りで頭が混乱し、店長に助けを求めなければならなくなる。それを、ゴパルは、一度ならず繰り返すのだ。また、バーに飲みに行った帰りの駐車場では、暴漢に襲われかかる。「お前らはお前らのクニに帰りやがれ、気にくわねんだ」とナイフを突きつけら脅される。これもアメリカの一つの典型を描いている、ように見える。レストランのボーイに連れられてカルトがかった教会にもゆく。この世は悪魔に充ちている、と説く牧師は、ゴパルが悪魔であるかのように睨む。あるいは、クリスマス休暇に世話人のランディの故郷へ招かれたのはいいが、ランディの母親の作るインド料理がゴパルの喉を通らないのだ。このように異文化接触の火花の物語が続くのだ。

   この小説は、インドの青年にとっては、実用書の側面があるかも知れない。アメリカにこれから渡って勉強しようとしている者(もしくはそういう望みを持っている者)は、アメリカではどう行動し、注意しなければならないのか、を小説仕立てで教えてくれる。その最大の教訓は、孤独だ。孤独に耐える修養を訴えているのだ。インドの大家族主義から遠く離れて、何でも自分の好きなようにできる自由があるが、それは途轍もない孤独への迷路に彷徨うことを避けられない。…この孤独のそばにはアメリカの自由な恋愛があるのだが(とうぜん故郷ではまったく想像もできないことだ)、ゴパルは、ぽつり呟く、アメリカの女(性)は、フランクに恋愛を楽しむが、わがままでひどく気難しい、と。恋も苦い孤独の味がするのだ。

   ゴパルの物語を読んでいて、終始頭を離れなかったのは、英語の問題だ。ゴパルは、アメリカ人の喋る英語は、英語ではない、という感想をほんの一、二回漏らすが、特に言葉のうえでの苦労をしている風には見えない。インドで高等教育を受けていれば、それは当然ほとんどが英語でなされていて、英語の能力は高いと見るべきだが、アメリカで英語で全然苦労しないところは何とも羨ましい。漱石がロンドンの下宿の女中に、ストローを指さされ、これは英語で何というかとからかわれた屈辱とは、ゴパルは無縁なのだ。いくら英語を勉強しても、いくら難しい言葉を知っていても、相手の言っていることが分からなければ、アメリカでは友達もできない。インド・ヨーロピアン語族という言葉が思い起こされる。では、外国語の苦手な多くの日本人は、どうやって世界に伍していったらいいのだろう。世界との闘い方を、考えなければならない。ゴパルの苦悩に私は到底近づけない、のだ。英語とは違う何か違うものを鍛えていかなければならない。
2018, 11

プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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