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76.アミタヴァ・クマール『狂信者の夫になって』、 Amitava Kumar, Husband of a Fanatic, published in the United States by The New Press, New York, 2005.

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    アミタヴァ・クマールは正義に尽くす作家である。正義を声高に叫ぶ者は信用できない、あるいは何かを隠している、と今では多くの人が思っている。あるいは、何も考えていない、と。しかし、クマールの正義は違う。繊細な感覚(手慣れた類型化した言葉を好まない)と大胆な行為のバランスの上に立ち、時にヒューモラスでいて、痛みを伴いながら、運動し続ける。対立するものを排除する前に、対立するように見えるものの近くに赴き、対話を開始しようとする。

    クマールにとって、正義はすでにある正義判断の追認ではなく、運動(歩き廻ること)のなかにあり、多くの困難事のなかで創造されなければならない。・・・間接的な情報をたよりに、正義であるのか、そうでないのかを判断することは極めて難しい。自分の身体と感覚で確かめられる何かが必要なのである。事件・問題の当事者、あるいは関係者でないとすれば、どのようにそのような直接的な経験に近い判断を手にいれることができるのだろうか。そのような問いとヒントを、クマールのこの本はもっている。

    1999年の夏、ヒンドゥー教徒の家系に属するアミタヴァ・クマールは、カナダ在住のパキスタン出身のムスリムの女性とトロントで結婚する。インド・パキスタン間のカシミールにおける武力衝突が連日報道されるなか、まさしくそのような時に、英国でクリケットのワールドカップが開催されていた。結婚式の前日、クマールは早起きして嫁の家族とともにインド・パキスタン戦をテレビ観戦する。英国マンチェスターにおいて、インドの代表チームはパキスタンを打ち負かす。クマールにとっては心躍る勝利であり、嫁の家族にとっては手痛い敗北なのだった。すでに、インド・パキスタン間の現実の亀裂の痛みをクマールはここにおいて経験する。
    スタジアムの観客が「クリケット和平」CRICKET FOR PEACEと書かれたプラカードを掲げていた。クマールはそのプラカードに眼がとまる。そして夢想するのだ。みずからのムスリム女(性)との結婚は、「平和のための結婚」MARRIAGE FOR PEACEではないのか、と。私は「平和結婚」と書いたプラカードを首から下げて歩けるのか、とクマールは自問するのだった。

  『狂信者を妻にして』において、作家アミタヴァ・クマールは、思想を深化するのではなく行動を深化させる。クマールは、インド・パキスタンの国家間の緊張を、平和への願いを、行動―たとえば、ヒンドゥーの著者のムスリム女性との婚姻―によって新しい現実のなかに入って行くのだ。情報の収集と分析が問題なのではない。ある種の連続する決断によって新たな現実が鮮やかに現われてくる。そしてクマールの行動は、芸術的なパフォーマンスのような香気を醸し出している。苛酷な現実の悲惨に屈服し逃げないこと、そして惨劇をより大きな想像の自由に繋げてゆく。また、クマールの行動・パフォーマンスは、作家という特権と彼らの倫理のありようを統合する試みのようにも見える。南アジアの多くの作家・知識人は、貧しく虐げられた人々との関係を絶って、文学や芸術に専念することはできないからだ。あるいはまた、南アジアの小説を読むことは、個の心地よい迷宮に沈思することを妨げる。クマールの書き方は、青年の文学(社会にあることの責任と自己の生き方の相克を問い詰める)を止揚しようとする試みである。

                                 ☆☆☆

    この本の旅とは、暴動の跡を辿る。あるいは、戦争の現場に立つ。さらに、南アフリカでは、ドキュメンタリー・フィルム制作のための取材を行う。それは、どこか狂った旅である。狂っているのは狂気というより、関節が外れたようなちぐはぐな感じ、切断の感覚である。

    ニューヨークのクイーンズに住むヒンドゥー原理主義者は、クマールの新聞記事「平和のための結婚」を読み、ウェッブ・サイトの敵対分子のリストにクマールの名前を載せる。クマールは話をしたいと活動家に電話をする。活動家、バロティア氏は、クマールをharaami(ててなし児)とヒンドゥー語で呼ぶ。二人は会い、話をかわし、食事をともにする。バロティア氏は、ヒンドゥー原理主義グループとシオニストとの連帯の最近の動きについて言及し、古い友人との再会でもあるかのように、クマールに料理を進める。

    クマールは、カラチにモナ(妻)の実家を二人して訪ねる。パキスタンの婚姻法では、パキスタン国籍のムスリムが非ムスリムと結婚することはできない。モナの両親は「今回の改宗(ヒンドゥー教徒のイスラム教徒への)についてご両親はいかがな感想をお持ちですか」と問い、クマールを困惑させる。クマールは、改宗したとは思っていないし(という以上にヒンドゥー教徒という括りにも異議をもっている)、クマールの母親は、ムスリム女性との息子の結婚を聞き、卒倒しそうなほどショックをうけていたからだ。

    2002年のグジャラートの暴動についても、クマールは難民キャンプを訪ね話を聞いてまわる。暴動の犠牲者の遺族に、州政府から、会議派の運動家をとおして補償金が支払われていた。その補償金が犠牲者家族の次の生活の第一歩を可能にする(だがしかし、暴動とその暴力の現実を、州政府の補償金は是認していることにならないのだろうか、州政府は、暴動を未然に防げなかった責任をとろうとしているのか)。モブ=ならず者は言う「俺たちが痛めつけたお蔭で藁ぶき屋根がトタンになった、また痛めつければ、銀の屋根になる」。逆に、9/11同時多発テロで生き残った南アジア出身の移民労働者は、「俺が死んでいれば、補償金で家族を幸せにしてやれた」と。どこかで論理と価値の転倒が起きているのだ。それは、今の世界のもっともシリアスな場面に共通した印であるかも知れない。

    クマールのこの本は、シリアスな題材―暴動や戦争や分離独立や宗教対立―を取り上げながらも、何か関節のはずれたような、滑稽な意味の切断の味わいがある。・・・再び記憶に蘇ってくる。グジャラートの難民キャンプでは、人間ばかりでなくペットまで虐殺する暴力が語られ、援護組織の幹部が「女性用下着の不足」を訴え、また、ヒンドゥー語でウィ・シャル・オーバーカムの歌声が聞こえてくる。このようなちぐはぐな感覚が、いつもついてまわるのだ。

                                                     ☆☆☆

    この本は、「狂信者を妻にして」、それによってヒンドゥーとムスリムとの「結婚」、あるいは相互乗り入れについて考察・報告を進めて行く。それら相互乗り入れのいくつか場面を、思い出すままに取り上げてみよう。

    不均衡 
    インドでは、ムスリムの男の子がヒンドゥーの娘と恋仲になり大問題になるケースが多いのだという。クマールの子供時代の記憶。ある娘が2階から飛び降り、自殺をはかった。一命は取り留めたが、半身不随となる。ムスリムの恋人は、その後海外に留学した。あるいは、ヒンドゥーの良家の娘が、ムスリムと駆け落ちする。二人は、追跡され引き戻されるが、ムスリムの若者は殺害され、ヒンドゥーの娘は軟禁される。

    相互乗り入れ
    マサラ・フィルムの俳優たちは、なぜかわわからないが、ヒンドゥー・ムスリム間の結婚が多いのだという。また、ボンベイ製のマサラ・フィルムは、パキスタンにおいても人気があるのだ。

    ガンジーの場合
    南アフリカにおける抵抗運動の時代、ガンジーの優秀な助っ人はムスリムであり、かつガンジーの抵抗運動をささえたのはムスリムなのだった。ガンジーの子息の結婚は、ヒンドゥー・ムスリム間の和解の実現の形をガンジーはとりたかった。

    未来形の和解
  クマールは、パキスタンの高校生に、またインドの高校生に、隣国にいる同年代の未知の友人へ手紙を書かせる。そのような手紙の一節、「外国人からみたら、パキスタン人もインド人も区別できない。それなのに、なぜ殺しあうのか」と。・・・クマールは、自らの高校生時代を振り返って、学校でパキスタンについて学んだことは、唯一ジンナー(ムスリム連合の領袖)の裏切りだった。

    もはや分離できない
    バラナシのヒンドゥーの祭りにもちいるハリボテは、ムスリムの職人が作っているのだ。インド人のアイデンティティとは、半分ヒンドゥー、半分ムスリムなのだ、と詩人は語る。もはや、それを人為的に引き離そうとするほうがムリなのだ。

    見えないところで
    グジャラートにおけるヒンドゥー料理屋の所有者の多くがムスリムなのだった。街の人々はそんなことを知らなかったが、ヒンドゥー原理主義者活動家たちが、印を付けていったのだ。その印は、暴動における略奪許可なのだった。

                                  ☆☆☆

    この本の少なからずの頁が、インド・パキスタンの戦争について割かれている(分離独立の惨劇と同様に)。実に、さまざまなことが語られている。1971年の武力衝突で(カールギル戦争、13日戦争)で夫を失った未亡人は、クマールの平和のメッセージの求めに対して、戦争ではなくパキスタンが憎いのだと語る。あるいは、インド国軍によるカシミールモスリムへの圧政に対して、突如夫が拘束されその後、行方不明になってしまう夥しいかずの「半分未亡人」について当事者から話を聞く。しかし、それらは比較的容易に想像できる場面である。この本で真実の恐怖の一端に触れたのは、もう少し別のところにある。インドの人々、あるいはパキスタンの多くの人々が、いつ政府が核爆弾の使用に踏み切るかも知れない、という長い不安と緊張の時間を耐えていることなのだ。その恐怖は、まったく抽象的でなく、胃がきりきり痛むような不安だ。

    閑話休題。クマールはV. S. ナイポールを良く読んでいる。クマールは、この本で何度もナイポールのムスリム解釈に異議を唱えている。ナイポールが、非アラブ人のイスラム化は何度にもわたる改宗の一コマなのだという言ったことに関してクマールはとりわけ抵抗をしめす。
   しかし、ここで取り上げたいのはスリナガルのダル湖にあるリワードホテルなのである。ナイポールを読んできた者にとって、リワードホテルは特別な場所なのだ。
    ナイポールは、最初のインド旅行(1962年)で四か月をリワードホテルで過ごす(『インド・光と風』人文書院)。そこで、ナイポールは苛立ち、怒りを爆発させるのだった。とりわけ下僕アジスとのやりとりが絶妙なのだ。そして、二十年をへてナイポールは、再びカシミールを、リワードホテルを訪ねる(『インド新しい顔』岩波書店の最終章)。それは感動的な場面なのである。貧しくとことん狡猾に生きていかなければならなかった人々が、ある種の豊かさを享受しているのだった。アジスの息子は会計学を学びにカレッジに通っている、ホテルは改装され観光客に賑わっている。スリナガルは貧困の轍から抜け出し、豊かになったのだ。嘗てのマハラジャの宮殿はホテルに改装され、庭では、ジーンズをはいた日本人の娘たちが記念写真をとっている。スリナガルは、豊かで平和な世界に変貌しつつあったのだ。
    クマールは、スリナガル滞在の最終日にリワードホテルに向かう。クマールが、リワードホテルで確かめたかったものは何なのだろうか。ナイポールの旅行記はスリナガルといの世界の変化を伝えた。それは、世界が良くなってゆくことがありうるという希望だった。しかし、クマールが辿りついたリワードホテルは、インド国境警備部隊の宿舎になっていた。クマールは、銃をもった兵士に門前払いをくらう。アジスのことも、ホテルの主人のことも聞きようがないのだった。

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アミタヴァ・クマール
1963年生まれ、パトナで育つ
デリー大で修士号を取得後渡米
ミネソタ大で博士号を取得(比較文学)
英語科教授 (Vassar College、New York)
小説家、ルポルタージュ作家、ドキュメント映画製作と
活躍は多技にわたる

                                                           ☆☆☆

   この本も最後の50頁が圧巻である。それは、バーガルプル(パトナの東200km)の暴動とジェノサイド、盲目の犯罪者たちの話で、その暗示は、まるで闇のなかにうっすらと浮かびあがって来る幽霊のようなのだ。

    1992年のアヨーディアにおけるバーブリマスジットモスクの破壊、および2002年のグジャラートのコミューナル暴動については、おもにBJP(インド人民党)の影響下にあった、と見ることができる。しかし、1992年のバーガルプルの暴動は、1000名を超えるヒンドゥー系住民ンが、組織的な動きではなく、マイノリティのムスリムの集落を襲い虐殺を働いたのだ。とはいえ、暴動には必ず半ばプロの扇動者がいる。暴動を主導したのはどのような人間たちなのだろうか。クマールは、暴動の主導者たちを一括してモブ(ごろつき)と呼ぶ。クマールは、それらのモブに触れない。この空白は、この本に一貫していて、とても意味深長なのだ(RSS[民族奉仕団]の活動家育成のシステムについては触れているが、モブはそれとは違う)。

    このバーガルプルの暴動の報告に、もうひとつの異常なエピドードが加わる。80年代の初め、この地では、収監中の犯罪者・囚人に対して、警察幹部、ときには判事までも含めて、眼を潰し視覚を奪うという非合法的な「処置」が繰り返されたのだという。「処置」とは、麻の袋を縫う長い針で眼球を刺し、そこに塩酸を流すのだ。その「処置」の噂は、バーガルプルの人々の支持をうけたのだ、と当時の警察幹部はいう。そして、「処置」によって盲目となった者たちは、極悪人に復帰することはなく、今や乞食となるしかなくなった、と。

    クマールは、「処置」を行った判事や、警察官(長い間公職を追放されたが、最近復帰した)の人々の話を聞き、また、現在は施しを求めるしかない盲目の元「極悪人」に対面する。

    クマールはそのようなことを一言も語っていないけれども、暴動を扇動しマイノリティであるムスリムを殺しまくるモブ(ごろつき)と、盲目の元「極悪人」は、実は重なっているのではないか。

    ここで、クマールの本からは離れるけれども、虐殺に関する驚くべきドキュメンタリー・フィルム“アクト・オブ・キリング”(ジョシュア・オッペンハイマー監督、2012年)に触れたい。1965年、スカルノがスハルトのクーデターで失脚したとき、「共産党員狩り」と称し、100万人規模の虐殺がインドネシアで起こった(通称9.30事件)。このドキュメンタリーが尋常でないのは、虐殺された被害者の側の証言を収めたのではなく、虐殺の首謀者(殺人を行った者)が、当時の虐殺について回想し、ときにその虐殺の再現し、こともあろうにその役を自ら演じる、という映画なのだ。殺人とは人非人・畜生の仕業であるという通常の道徳観念、あるいは抑制がここではほぼ完全に取り払われている。

    この映画においてそのもっとも衝撃的なのは、殺人者たちが、自ら実行した殺人について嬉々として語り演じる、ことだろう(精神に異常を来す者もいる)。人類が長い時間をかけて築いてきた抑制(と思われる)、あるいは国家が戦争と死刑という例外を設けて合理化してきた抑制が、「共産党員狩り」という理由付けにより、また軍や警察の策動・間接的な支援によって、抑制が解除され、人を殺すことの愉悦が噴出してしまったのだ。

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アクト・オブ・キリング

バーガプルのコミューナルな暴動も、ヒンドゥーの美しい国を蝕み奪う敵=ムスリムという気分・理由により殺人の愉悦を解き放ってしまった、ようにも見えるのだ。それは、生命を奪うことの愉悦の感覚を表現している、と考えられるからだ。そして、人類が、歴史が、国家が、懸命に抑制しようとしてきた殺人の禁忌は、そこでは無化される。

    暴動を扇動しマイノリティを殺戮するモブ(ごろつき)と、“アクト・オブ・キリング”において共産主義者(およびそのシンパ)や中国人(中国系インドネシア人)を殺し続けたならず者、そしてクマールが特別の関心を示し取材した盲目の元「極悪人」は、重なって見える。彼らに共通しているのは、社会規範から比較的自由な逸脱的なグループの成員ということになるのではないか。また、ごく普通の人々は、その逸脱的なグループを怖れるとともに、反撥もするし引きよせられもする。
   盲目の「処置」は、暴動や虐殺を引き起こすモブの力をそぐ苦肉の策とも考えられる。そのサディスティックな印象は、他方でインドのヒンドゥー教における犠牲儀礼にこじつけることもできる。つまり、犯罪者を盲目にする(それは紛れもなく一種の仮死だろう)ことによって負のエネルギーを正へのそれへと変換し、共同体の健全な再生をはかる、というように。

    この本において、恐怖の感情をかき立てるのは、コミューナルな暴力と殺人を引き起こすモブの存在だ。モブについて、クマールは何も語らない。ただ、盲目の元極悪人について、語るだけなのである。それらは、規範を逸脱した狂気が出現する時間と空間を、表徴する試みに違いない。

    本で読む暴動や戦争は、ある意味退屈である。きつい責任から、あらかじめ免除されているからだ。また、私はその惨害を肌身で感じていない以上、どのようにも解釈できてしまう危うさがある。確かなこと、何と言われようとかまわぬ確信以上のものがないなら、このような深刻な問題には沈黙しておいたほうが賢明なのだろう。だがしかし、南アジアの旅を大切に思う者にとって、そこがどんなに久遠の神秘の大地であると勝手に思い入れしたとしても、じつは、血みどろのマグマを噴出するエネルギーがいつも地下に横たわっていることを忘れるべきではない、と思うのだ。人を感嘆させる神秘や永遠の風景の向こう側にあるものが私は気になって仕方がない。インドは、生と死の芝居小屋のようなところと、虐殺の血に汚れた大地のようなところをあわせ持つ。

15.アミタヴァ・クマール『正しきことだれもなさず』、Amitava Kumar, Nobody Does the Right Thing, Durham 2010, Duke University Press, First published in India 2007 under the title Home Products.

主人公ブアといとこのラビンデルはボリウッド映画への愛を語る
そのラビンデルの収監中に不倫相手の政府高官の夫人が惨殺されるのだ
ラビンデルはそんなことに構うことなく
自らの夢である映画を完成させる
デタラメとしか言いようのない今のインドの現実を
深くクールに描く何とも不思議な魅力に充ちた小説だ

  主人公のジャーナリスト、ブアにはいとこの悪党、ラビンデルがいる。ラビンデルは、ドラッグの支払いに窮し強盗を企て、州政府高官の夫人と不倫を恣にし、ネットカフェでポルノを密売し、幾つもの誘拐事件に係り、人も殺しているかも知れない。ラビンデルは、今、二度目の収監中だ。しかし、何故か、主人公のブアとは気が合うのだ。二人の共通項は映画へ情熱だ。この小説の筋をかいつまんで言うと、ラビンデルが刑務所から出所したあと、ブアの紹介でボリウット映画のディレクターになってゆく物語なのだ。

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▲『正しきことだれもなさず』の表紙写真
駅舎の映画看板の右端には、英語で「テロリストの恋物語」(LOVE STORY OF A TERROSIST)というキャッチが目につく。
今のボリウッド映画では、テロリストもテーマになりうるのだろうか。
写真 Catherine Karnow


  この小説には何とも不思議な味わいがある。ラビンデルという悪党に対して、家族を始め皆が寛容であるばかりでなく、皆がラビンデルを愛しているようなのだ。それは、悪のもつ魅力というほど鋭いものではなく、成行きのようでもあり、何かいい加減な感じもするのが面白い。陰惨で暗くじめじめした犯罪ではなく、犯罪が、人がサヴァイヴァルしようとするとき誰もが行使しうる権利でもある感じだ。

  ボリウッド映画への寸評がいい。本当に、ヒンドゥ映画を堪能したいと思うならビハール州の小さな街の映画館に行かなければならない、と。人々の熱気と失意のなかでしかヒンドゥ映画は分からない。そして、主人公のブアは、映画を見ながら、社会における公明性、正しいことを学んだと、回想している。ヒンドゥ映画は、人々の夢に忠実で、インドの現実を暴こうとする現代小説とは裏腹の関係にあるようだ。

  インドの現代小説が好んで取り上げる主題に、結婚(式)と葬儀がある。この小説もそういう伝統を引き継いでいて主人公の結婚(式)のくだりと、父の死と葬儀のくだりは実に念入りに描かれていて読み応えがある。
結婚(式)については、見合いのいきさつ、新婚旅行と暴動の勃発、セックス、離婚などと、伝統的な主題にあっても時代の変化をこうむっていることが伝わってくる。
父の死および葬儀、そしてワーラーナシーへの散骨の旅については、実は、ラビンデルの不倫相手の惨殺(というよりは死体遺棄)を前段にもってきて、いわば動と静、聖と俗とでも言いたくなる絶妙な物語展開になっている。そのシーンが、僕にはこの小説で一番面白かった。ラテンアメリカの小説におけるマジックリアリスムに繋がるような新しいインド文学のリアリズムを感じた。

  州政府高官の夫人でラビンデルの不倫相手のローマ(ロマーラ)が殺害され、四肢を切断の上、麻袋に詰め込まれパトナ鉄道駅の近くの線路脇に放擲される。のら犬やらがその死骸を食いちぎり、蝟集してきた禿鷹が飽食に与かるのだ。たらふく食にありついた禿鷹が線路の上で食休みをしていると、列車が通過する。食べ過ぎて動けなくなった禿鷹を列車が頭からちょん切ってゆく。禿鷹の胴体がとある高官の家の庭に飛び、首のない禿鷹がラインダンスを踊るのだ。

  この後に続く、ブアの父の死・葬儀・散骨の旅もいい。父の死に際して、平凡に、しかし人間存在の根源にふれた感覚をブアが静かに表現している。しかし、僕がそんな場面に浸っていると、クマールはワサビを効かした別の挿話を用意してくる。電力不足で火葬場の電気炉が停止しかけるのだ。電力を差配しているギャングと電力代の交渉が始まる。

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▲『正しきことだれもなさず』は、インドでHome Productsとして出版された本を約3分の2に縮小し、アメリカの読者むけに改題した本だ。この手の話は比較的よく聞く気がする。つまり、アメリカの読者にとって、Home Productsでは意味をなさない、と。ところで、『正しきことだれもなさず』がインド版の縮小版であることに気付いたのは、迂闊なことに、アメリカ版をかなり読み進んでからだった。

  インドの現代小説を読んでいくと、良識家なら眉をひそめるような淫らで、でたらめで、極悪非道な人々、アンチヒーローに出くわす。そういう人々や現実に拘っている小説家達がインドにはいるのだ。たとえば、アキール・シャルマ、ウパマニュ・チャタルジー、それにクシュワント・シンもその仲間に入れてもいいかもしれない。
  彼らの小説が面白いのは、実は、小説で書かれているでたらめさ加減がインドのある現実を表現しているからではないのかと僕には思える。僕のなかで、小説への興味とインドの現実の面白さが繋がっているのだ。
  V. S. ナイポールは、小説を理解するには、その小説の舞台である社会を知らなければならない、と言う。そうかもしれないが僕の場合、インドの社会が謎に充ちた魅力を秘めていて、その謎と魅力の正体を知りたくてインドの現代小説を読んでいる、ところがある。インドという風景の向こう側にある人々の生活と願い、社会の仕組としきたり、価値観、シンボリズムを見出すために、インドの現代小説を読むことが一つの有効な手立てだと、僕は思い始めている。

  誠実で優等生であったであろう主人公のブアが何故か寂しげで元気がない。他方、前科者で家族にとっての問題児のラビンデルは、元気で皆に愛され、映画作りという夢を実現する。この二人の間のどの辺に、実際の作家クマールがいるのだろうかと僕は考えはじめる。それは良く分からことだけれども、僕はこの小説『正しきことだれもなさず』が、今のインドのある種の現実を、非常にうまく魅力的に伝えていることは確かだと思う。

テーマ : 洋書
ジャンル : 本・雑誌

10. アミタヴァ・クマール『爆弾をもった異国人』、Amitava Kumar, A Foreigner Carrying in the Crook of His Arm a Tiny Bomb, Durham, Duke University Press 2010.

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  鬼才クマールはいわゆる「テロとの戦い」に対し
  自らの足と想像力をたよりに
  シリアスにときにユーモラスに 
  この時代の検証と異議申し立てを行う








  非ブラーミンで破天荒な個性をもつアミタヴァ・クマールの新刊『爆弾をもった外国人』は、9.11以降のいわゆる「テロとの戦い」の時代状況のなかで、「テロとの戦い」をスローガンに、いかなる欺瞞と茶番、そして真の悪の隠蔽が進行しているかを、実際のテロリスト被疑者・受刑者、あるいは情報提供者へのインタビュー、文学のみならず相当量の前衛芸術作品、さらに為政者や当局の発言等々をとりあげて問題提議を行う。

  このような本を書いたクマールの動機は明らかだ。2000年刊の『パスポートの写真』(Passport Photos)においてクマールは、アメリカで暮らすアジア系移民の苦難・人権・アイデンティにたいして救いとなるアイディアを示した。この『爆弾をもった異国人』では、9.11以降アジア系移民・ムスリムへの偏見・取締りの嵐のなかで移民たちが、あるいはその周辺で生活するアジアの人々がどのようにしたら生きのびていけるのか、また正義のために何が問われなければならないかを示そうとしたのだ。

  僕は、アメリカの軍事世界戦略や「テロとの戦い」に特に関心があるわけではない。また、逆にその種の話題をあえて避けようとも思っていない。ただ、自分の興味のある南アジアの作家、とりわけ故郷から越境して合衆国などで活動を続けている作家たちにとってそれはないがしろにできる問題ではない。そんなことが本書『爆弾をもった異国人』を読んでみたくなった理由だ。

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▲Hasan Elahi, “Altitude”,
この機内食の写真の羅列からどんな意味を導きだすことができるだろう。
・・・テロリストと眼を付けられたら自分の行動のどうでもよいことのすべてのアリバイが必要になってくる。
A Foreigner Carrying in the Crook of His Arm a Tiny Bombより

  しかし、この本のテーマが時流にのった凡百のルポルタージュと一線を画し、高く聳え立って見えるのは、他でもないアミタヴァ・クマールの文学的・詩的想像力に根拠がある。ロシアからミサイルを買い受けてテロリストに売ろうとしたラカーニを扱った章では、ミズーリ州スピリングフィールドの刑務所にラカーニを訪ねたあと、その刑務所の通り向かいにTeasers (いじめっこ)という名のストリップ劇場 をクマールは見つける。ストリップを「鑑賞」し小屋がはねてから、クマールは、ストリップ嬢に飲み物をふるまい会話をかわす。アイボリーというストリップ嬢は、建築に興味があってインドに行ってみたいのだ、とクマールに話す。「それでなんであなたはここにいるの」と尋ねられたクマールは、刑務所のほうを指差し「そいつはテロリストにミサイルを売ろうとしたんだ」と答えるのだ。アイボリーは「クールじゃないね」と言う。
  ラジャスタン州出身の70歳になるラカーニは、しがいない貿易商人だ。大言壮語とちょとした詐欺の才があったのだろう。まじめに仕事をしていても儲けは少ない。そこでFBIのおとり捜査に乗ってしまったのだ。このおとり捜査を仕掛けたレーマンは、パキスタンのファイサラバードの出身で、しばらくハシシの密売で生活していた。テロとの闘いにおける密告者、あるいは情報提供者の報酬は安くはない。すねに傷持つ者が、当局と取引し情報提供者となる道はあまりにイージーなのだ。そして裁判ではユダヤ系の弁護士がくわわり、またラカーニの家族を巻き込み悲喜劇が繰り返された。・・・そう読んでくるとクマールのストリッパー嬢との会話は、なんとも詩的で文学的な香気にみちた結論に思えてくるのだ。
 
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▲Chie Yamayoshi, video still from A Love Story.
ちえさんはロス空港の混雑した入国ロビーで問いかける。
「あなたはテロリストですか」
「あなたを愛しています」
「私たちは友達になれます」
この日系の映像作家は、テロリストに憎しみではなく愛による世界の変革を求めているのだろうか。そうならば押し付けがましいとしかいいようがない。しかし、空港ロビーでの出迎えサインの提示という紋切り型の実用儀礼に、愛と友愛というメッセージをテロリストにむけて発するのは、「テロとの戦い」の内実の貧困さと、サインの中味の空虚さとあいまって、何が本当は問われなければならないかを示そうとしているようで、僕は面白いと思う。ところで、アミタヴァ・クマールは、この作品を紹介するだけで何の読解も提示していない。
A Foreigner Carrying in the Crook of His Arm a Tiny Bombより

  合衆国のモスクには、当局と取引した(そのことによって生活費の保障のみならず過去の罪状を帳消しにした)情報提供者が必ず配置されていて、モスリム系移民社会に大きな亀裂を作りだしているのだ、と言う。一昔前のソ連邦・東欧諸国のようにいつ密告されるかわからない疑心暗鬼のように、隣人との信仰の絆を、移民同士の連帯をずたずたに切り裂いてしまった。
  しかし他方で、情報提供者への潤沢な報酬はテロリストの追跡・拘束がいかにうまく行っていないのかを物語っているとも言える。そこで、この本のもう一つの主題が浮かび上がってくる。つまり、テロリストと疑わしき者はすべて拘束し、拘留中の虐待・拷問によって廃人化してしまう、という作戦だ。アブグレイブやグアンタナモにおける捕虜・拘留者虐待の報道は、捕虜・拘留者の扱いに少々の行き過ぎがあったというレベルの問題ではなく、疑わしきは拘束・隔離し人間性の剥奪によって廃人化してしまい、テロの芽をつもうとする作戦・戦術の一端を明らかにしているのだ。

  クマールは、そもそもなぜテロが起きるのか、あるいはもう少し限定して9.11の惨事の由来について何も語っていない。僕は、もう少しその辺のことについてクマールの考えを知りたいとこの本を読みながら思った。
  しかし、この本を読んでクマールが問題にしているのは、現にアメリカに住み生活している移民、アジアの人々についてなのだ。さし迫った問題として、アメリカに住み生活している移民・イラク人捕虜を含むアジアの人々の生存と人権が危機に瀕している、とクマールは捉えている。9.11を引き起こしたイスラム原理主義の流れをくむグループと、アメリカに住むアジア・中近東系移民そして多くのアジアの人々とはまったく無関係であることは自明であるはずなのに、「テロとの戦い」においては、その自明の理が踏みにじられている。ブッシュ政権という巨大な権力が幽霊(テロリストや大量破壊兵器)を相手に闘い、実際に生きる人々を巻き添えにし犠牲を強いている。テロを引き起こしている背景にあるのは-クマールは明言していないが-アメリカにおける他者の世界・文化にたいする鈍感と横暴さであり、それは合衆国に住む大多数のアジア・中近東系の移民、またアジアの人々にはまったく責任のないことだ。むしろ理不尽なテロへの対抗措置としては、それらの人々との友好・相互理解・連帯こそが求められている単純な真実が忘れさられている。ブッシュ政権は、9.11を口実として戦争を望んでいる、としか思えない。

  この本の最終章の題を、クマールは「ウィ・アー・ザ・ワールド」とつけた。そしてエピグラフにはスーザン・ソンタグの言葉「この世に戦争ほど悲惨なものはない」が引用されている。ブルックリンで進行中の裁判をクマールが傍聴に通うシーンからこの章は始まるのだが、FBIへの情報提供者は、パンジャブ語で供述し、パキスタン人が英語に通訳している。「反テロ法」(FBI’s Joint Terrorism Task Force)で訴えられているのは、この男と一緒に刑務所に収監されていたパキスタン人のアワンについての嫌疑であり(ともにクレジットカードの詐欺罪で収監されていた)、アワンは、パキスタンに亡命中のパンジャーブ独立運動のリーダに送金した、というものなのだ。
クマールは、何とも滑稽な劇をみているような思いに捉われる。そして、シークの総本山アムリツァルのブルー・スター作戦とその後のインディラ・ガンジーの暗殺、さらにそれに引き続く暴動・虐殺等々についての嫌な思い出を反芻しながら、もうそれは終わったことにしてもらいたい、と思うのだ。対立の根を抉るよりも融和の時間を大事にしたいとクマールは訴えかけているように思える。
  章の後半で、イラクでのアメリカ軍パトロール部隊による民間自動車の誤射事件について、ある写真家の自らの体験の報告を紹介している。子供を含む家族を犠牲者にしたこの事件に触れながら、クマールは「テロとの戦い」が隠蔽しているよりシリアスな現実の証拠を提示しようとしているのだ。「テロとの戦い」における滑稽と悪のコントラストが、世界規模で展開されている。ウィ・アー・ザ・ワールド、世界は痛みを伴って火花を散らしている。

テーマ : 洋書
ジャンル : 本・雑誌

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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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