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105.U. R. アナンタムールティ『ヒンドゥー至上主義かガンジー主義か』(2016年刊)、U. R. Ananthamurthy, Hindutva or Hind Swaraj, translated from the Kannada by Keerti Ramachandra with Vivek Shanbhag, published by Harper Perennial, India in 2016.

hindutva or hind swaraj
これは、カルナタカの大文豪U. R. アナンタムールティ
によるモディとヒンドゥー至上主義に対する抗議の書
である。ここで言う抗議とは、この言葉のもっとも深く
て重い意味にとらなければならない。つまり、
アナンタムールティほどに、ヒンドゥーの極度の洗練と
問題点を描きつきつめた作家はいないからである。
ヒンドゥーの深いところからの、いわゆるヒンドゥー
至上主義への批判の書なのだ。以下は、この本についての
幾分私的なスタイルの要約と抜き書きである。
括弧(……)内は、私の意見・感想、あるいは補足説明である。 
                 
                
 

 モディの選挙結果について、どう見るべきか。悲劇ではあれ、一家族によるインドの支配から解き放たれた。
 グジャラートの暴動で殺された者たちは葬儀もされなかった。にもかかわらず幽霊となって誰にとり憑くこともなかった。暴動によって引き起こされた死者は、車にはねられた子犬のようなものだ、とモディは発言した。暴動は、勝手な振舞をする者への手っ取り早い教えなのだ、と。
モディの勝利は、ガンディーを殺害したゴドセ的なものの再来である。サヴァルカール(1883-1966)、ゴドセ、モディの系譜はあまりに明らかだ。
 モディは、今のインドの中産階級の欲求を代弁している。
 モディは、メード・イン・チャイナをメード・イン・インディアにしたいだけ、なのだ。
 グローバリゼーションとは、インドが安い労働力を提供すること。しかし、それよりも重大なことは、グローバリゼーションが場所性の喪失となることだ。(ヒンドゥー至上主義が大好きな)シバージーは、終始、地域の人、田舎者であったのだ。そして、さらに開発は過去の記憶を抹消する。
                   *
 ガンディーの暗殺者ナードゥラム・ゴドセは女の子として育てられた。(私の知るインドは過渡に男子を有難がる。それなのに、なぜ、ゴドセは女の子として育てられたのか)。
 ゴドセの最終弁論は注目に値する。ゴドセは言う、自由に考え多くを学んだのだ、と。マルクスもガンディーも読んだ。ガンディーの非暴力は、あまりに宗教的な理想である。ガンディーは、あらゆる宗教が欠陥を免れない、のだと考えた。だが、ゴドセはガンディー殺害の正当性を言い張った。
                   *
 ゴドセ、モディの源流を作ったのは、サヴァルカールだ。
サヴァルカールは、血のつながったヒンドゥーがヒンダスを作ると言い張る。ヒンダスは、土地に結びついた人々ではなく、血のつながりなのだ。
 サヴァルカールは、古代への称賛を繰り返す。真理を求めるブッダの生涯が、苦悩に満ちたものだったのの反対に、陶然と古代に埋没する。サヴァルカールは、英国植民地下において現に生きる人々の苦しみを見ず、インドの古代の栄光で現実を糊塗する。
                    *
 イスラームの侵入は、この国の民衆にはほとんど影響を及ぼさなかった。だが、サヴァルカールはヨーロッパにおける国民国家に似たものを夢想する。
 サヴァルカールはヒンドゥーの本性(Hindutva)を1923年に提唱した。BJP(インド人民党)がサヴァルカールの説くヒンドゥー・ナショナリズムを受け継いだ。会議派自体が、サヴァルカールの考えを薄めたものだった。ジャワハルラル・ネルーは、ガンディーのヒンドゥー・スワラジ(自治自立)に批判的だった。ネルーは、ガンディーのアシュラムで生活するのはごめんだと言った。(私もガンディーのアシュラムでは生活したくない。しかし、ガンディーは、少なくとも、アシュラムでの生活を他人に強制はしていない)。会議派は、ガンディーのストイックな自然主義からの解放を願い、ガンディーのエコロジー思想も厄介払いしたかったのだ。会議派がもてあましていたガンディーを、サヴァルカールに心酔していたゴドセが消したのだ。ガンディーがもう十年生きていたら、会議派はさまざまな現実についての選択の苦悩を味あわなければならなかった。だが、今、モディが、ガンディーを最終的に始末したのだ。
                    *
 ガンディーは、ナショナリズムに対して非常な警戒心をもっていた。ガンディーの最後の断食は、ナショナリズムに対する抗議だった。ガンディーとタゴールは、国民国家という考えを受け入れなかった。他方、会議派のネルーは、ナポレオンを称賛し、モディの口癖は国家利益だ。(国益の前で個人は何が言えよう。だが、国益に反しても個人は発言し続けなければならない。それが逆説的に国益になる。国益による個人への締め付けは愚かなやり方である)。モディの勝利は、インドの連邦制の理念の放棄に他ならない。インドは、インドという国家体制を必要としない。ガンディーは、村々が武装するような国を考えていたのだ。発電所のために農民の土地を取り上げてはならない、少数部族民を食べさせているのは森である、とガンディーは考え続けた。
                    *
 自分の足で歩いて旅をする者はもういない。我々の祖先は、自然との調和の中で生きる謙虚さをもっていた。原初、人々は食べるものに事欠かなかった。それをためこむことによって変化が生じたのだ。ガンディーの理想の追求を、モディは完全に打ち砕いた。会議派の腐敗が、モディ躍進の背景にある。
                    *
 我々は、善なるものと悪なるものとの闘いを自らのうちに認めなければならない。その意味で『罪と罰』におけるラスコーリニコフは忘れがたい人物だ。
 (ラスコーリニコフは、悪を処断することは悪にはならないはずだという仮説を実地に試してしまった。しかし殺人は違う。殺人はその理由によって正当化されえない領域を含む。そのような正当化してはならない試みにインドは、今入りつつあるのかも知れない。ヒンドゥー教は、それらの殺人を含む魅力ある悪の試みを、むしろ代替する装置であるのだが)。
 繰り返しになるが、我々自身のうちにある悪が問題なのだ。ヒンドゥー教における罪は、個人的な ものではなく、すべての生けるものの罪なのだ。非暴力の日常を送るインド人が暴力を求めている。今、そのような状況に私たちは立ちあっている。
 (暴力を求める人々の願望がモディの選挙を勝利に導いた。アナンタムールティは、我々自身が持つ悪は、根源的であるがゆえに宗教が取り組むべきテーマと考えている。だが、モディは、それとは知らずに、その制御されなければならない願望・衝動を政治のパワーに変換してしまった)。

55.U. R. アナンタムールティ『バーラティプラ』U. R. Ananthamurthy, Bharathipura, translated from Kannada by Sushhela Punitha, published by Oxford India Paperbacks 2012.

ura+001_convert.jpgカルナタカの文豪U. R. アナンタムールティの
二作目の小説『バーラティプラ』は
そのタイトルの名前をもつ南インドの門前町を舞台にしている
小説のヒーローは 新月の祭りの日
ホーレーヤル(不可触民)をヒンドゥー寺院へ入れさせようとする
正面からみるとこれは不可触民小説だ
しかし 主題から派生する挿話が豊かに膨らむ
小説『バーラティプラ』は 
第一作『サムスカーラ』に比較して
遙かに立体的な社会性をおび
アナンタムールティは絶妙な筆さばきは
ヒンドゥーイズムに対する批判・否定の視点と
その最高に洗練された姿への愛着・執着を 同時に描く
それは真実 人を酔わせ 覚醒させる


   アナンタムールティは、『サムスカーラ(葬儀)』(原著1965年刊)において、南インドにおけるバラモンの極度の洗練(不浄への忌避)と、その規範がひび割れ流出してゆく姿を、さまざまなアレゴリーとメタファーを駆使して描いた。それは、僕にとっては息をのむような読書であった。アーチャーリヤ(導師)の不可触民との交情と共食は、幻想的な至高体験ようである。本当にあったようでもあり、実は幻であったのかも知れないようにも思える。それに反して著者の二作目の小説である『バーラティプラ』(原著1973年刊)は、ずっと現実的で、バーラティプラという街の社会を語る。『サムスカーラ』のアーチャーリヤは、アグラハラ(バラモン居住村)の狭い生活とヒンドゥーの聖典以外に何も知らない。それに比較すると『バーラティプラ』の主人公のジャグナンタは、英国留学の経験をもち、サルトルの実存主義やアンガージュマンの観念にも触れているのだ。アーチャーリヤは不可触民の女の魅惑に抗することはできず、最大の破戒を至高体験と交換する。それに比べるとジャグナンタは留学中からのガールフレンドがいて、部屋の清掃人のホーラティ(不可触民の女)の性的な挑発も受け流すことができる。

   裕福で上位バラモンの主人公ジャグナンタは、新月の祭りに日に、ホーレーヤル(不可触民達)を寺院に入れ、神の祟りなどないことを明らかにしようとする。物語は、不可触民による守旧的なヒンドゥーイズムに対する挑戦、迷信の破壊といった社会改革を扱う。ホーレーヤルのヒンドゥー寺院への侵入(!)が、神の怒りならぬ司祭の発狂と涜神行為へ置き換わるところに僕は唸ってしまうが、この『バーラティプラ』は、そのメインストリームよりもそこから派生する挿話が実に豊かだ。つぎつぎに挿話がくりだされ、バーラティプラというカルナタカ州にある門前町の姿、そこに生きる人々が明らかになってゆく。さらに、それら挿話が絡みあって謎が謎をよび、あるいは思わぬ回答が導かれてくる。たとえば、主人公は、パンディットの嫁の豊潤な肉体を見て欲望を感じつつ彼女の解放を願う。「彼女のような女が、解放され変革を享受できなければ意味がない」と。しかし、彼女の突然の死は、あまりに唐突で戸惑うばかりなのだが、実は別の挿話によって(近親姦についての街の噂) によって説明される。

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U. R. アナンタムールティ 
1932年カルナタカ州シモガ近郊に生まれる
幼くしてサンスクリットを学びマイソール大学で文学修士号を取得
英国バーミンガム大学で博士号取得
政治的にはBJP(インド人民党)への反対勢力の一角であるようだ

   アナンタムールティは、この小説においてヒンドゥー教の内部からの崩壊・流出を明らかにする。また、ホーレーヤル(不可触民達)の地位向上の先頭に立つ。しかし、この小説が、それら変革の大義を高く掲げる時にあっても、決してプロパガンダ小説に堕すことはない。つまり、批判・否定されるべき南インドのヒンドゥーイズムをアナンタムールティは、分厚く、深い愛情をもって語る。また、ホーレーヤルについても彼らを虐げられた者たちと言う以上に、彼らの独自なライフスタイルや彼らとのタッチのタブーについてぎりぎりのところで書くのだ。
   ヒンドゥーイズムに対する批判・否定の視点と、その最高に洗練された姿への執着をアナンタムールティは同時に描くことができる。それが真実すごいと僕は思う。

48.U. R. アナンタムールティ『太陽の馬』、U. R. Anantha Murthy, Stallion of the Sun, Edited and translated from the Kannada by Narayan Hegde, Published in English by Penguin Books India 1999.

stallion+002convert.jpg カンダナ語で書く文豪アナンタムールティは
この短編小説集『太陽の馬』で
南インドにおけるバラモン達の
俗っぽい姿を物語る
アナンタムールティが得意とする
バラモン達の極度の洗練  穢れへの忌避
はいささか後退しているのだ
それは  がめつくしっかりと集金に励む
ヒンドゥー寺院の姿であり
ア-チャーリア(導師)として尊敬を集めていた
父親の 陰影に富む女性関係であり
ロンドンのぼったくりバーで散財する
寂しいインド人研究者の姿だ
表題作「太陽の馬」は
思春期の悪友について物語だ
バラモン達のゆるやかで洗練された時間と
その崩壊の兆しを
また 規範を失い人々が漂い始めた姿を
類まれな美しい一幅の絵に仕上げている


   V. S. ナイポールは、アナンタムールティの処女作『葬儀(サマスカーラ)』Samskara、1965について『インド-傷ついた文明』(岩波書店)でつぎのように書いている。①『葬儀』は難解な小説である、②これをバラモンへの攻撃であると受け取る人々がいる、③六十年代の小説とは思えない古風な雰囲気がある、と。①の小説の難解さとは、カースト・汚染・業(カルマ)と言ったインド人以外には到底理解できない前提をこの小説もっていることを指しているのだろう。②のバラモンへの攻撃は、政治的な立場を優先する強引で単純な見方だと考えていいが、ただナイポールは、南インドにおける反バラモン、反アーリア人、反北インドの強烈な感情と風土を忘れるべきではないと言っている。③の古風な雰囲気についてナイポールはあまり多くを語っていない。しかし、これこそがアナンタムールティの小説の特長を形作るものであり、インドの上位カーストの極度の洗練(あるいは穢れへの怖れ)を表現しているものだと僕は思っている。

   『太陽の馬』は、六十年代から八十年代に発表された七つの短編が収められている。『葬儀(サマスカーラ)』は、ナイポールの言うように、古風な雰囲気を十二分にたたえ、つまり南インドにおけるバラモンの純潔種がもたらす極度の洗練とそのひび割れ、崩壊の兆しを表現していたのだけれども、逆に『太陽の馬』に収められた短編は、総じて彼らの俗なる部分、実際の生活の姿を伝えているように思える。
   「おしだまる人」Mouni、1972では、同じバラモンの地主であっても、抜け目なく経済的な成功をおさめる者と、そうではない者を描いている。ヒンドゥー寺院の布施取り立て人(あるいは地代なのか)は、金策に奔走し疲れきった主人公を容赦なく追いつめる。「空と猫」The Sky and the Cat, 1981では、死に際した父の枕もとで、父の親交のあった者が集まり息子にさまざまなことを語り伝えるが、それはバラモンの洗練された生活や儀礼を示唆するのではなく、金と女と新思想(マルクス主義)なのだ。とりわけ父親が妻以外の女たちと親密な関係を持ち続けたといいう話が、息子に謎めいた影を落とす。
   さらに俗な面を物語っているのは、「ぼったくりバー」Clip Jointだ。この短編は、著者の研究者としての英国滞在とかなり重なっているようだ。・・・反アパルトヘイト団体の集会で知り合った英国人と主人公は、ロンドンの一夕をともに過ごす。公園を歩き、チューブに乗り、ピカデリーサーカスを見物し、パブでビールを飲む。英国における個人主義のあり様とインドにおける大家族主義について意見がかわされ、そんな会話の中に「ここでのひと月のたばこ代は、母親のひと月の生活費を超える」というような思いにとらわれてゆく。酔いがすすむうちに主人公は段々と大胆になり、「今夜は冒険をしたい」というようなことを言いだし、気が付けば二人はナイトクラブの個室にいる。

   ニロッド・C・チョウドリーの英国旅行記『英国への道』A Passage to England, 1959 が、英国の厚みをもった歴史や文物、またインドにおける英国人とは違った英国人の発見とその興奮によって、故国の貧困と停滞を完全に忘れ去っているのに比較すると、アナンタムールティの英国は何とも憂鬱だ。英国でのひと月のたばこ代が、故国における母親の生活費と比べられ、学業にも仕事にも身の入らない弟が、母のなけなしのとらの子を騙しとろうとしている、ことに心を悩ませる。主人公のケーシャブは、ずっと故国をひきずっている。

   冒頭の短編「葬送」Bharathipura, 1973は、バラモンの未亡人が不倫する話だ。未亡人の苛酷な境遇も、プレームチャンド以来繰り返し取り上げられる現代インド文学の主題のひとつなのだろうが、アナンタムールティの取り上げる未亡人は、そんな伝統のなかでも切り口が非常にラディカルだ。アグラハラ(バラモン居住村)の澱んだ時間のなかで、カースト的自己同一性の喪失とひきかえに、「再び人間になろうともがいている」(ナイポール)女性の姿が認められるからだ。
   ところで、この本の注にある正当バラモンの未亡人の境遇はすさまじい。未亡人は、くすんだ赤の粗末なサリーのみを着衣し、髪を剃髪し、額にクムクム(朱色のマーク)を付けてはならず、一日一食、そしてすべての楽しみごとから遠ざからなければならない。

   この本の表題にもなっている「太陽の馬」Stallion of the Sun, 1975は、少年時代の悪友と数十年ぶりに偶然再会するに物語だが、まことに味わい深い。市場で出会った二人が、数キロの道を歩いて悪友の家を訪ねるゆるやかな時間の流れに僕は驚く。途中、老衰し寝たきりになった老人を訪ねるくだりも不思議な感興をもたらす(何のために、どんな利得があってその悪友は老人を訪ねるのか)。彼の家につくと懇ろな饗応をうける。悪友と妻は饗応の手順について言い争いまでするのだ。食事、昼寝、悪友によるオイル・マッサージなど、どれをとっても伝統がもつ洗練した仕種に僕は陶然とする思いだ。しかし、それらの調和も、家の問題児の息子が闖入してくることによって調子が狂ってくる。息子は、家の庭にある古い木を切り倒してしまう。

   V. S. ナイポールも故郷のはかない人生について語る。たとえば『インド-闇の領域』(人文書院)では、不良青年のラモンについて回想する。ラモンは、超難関の留学生試験にパスしたナイポールとは違って、車をぶっ飛ばすしか能のない不良青年だ。ナイポールには作家となることへの使命があったが、ラモンには社会的な成功への意志がない。彼の欲望はつつましく、彼の人生の一コマ、一コマが悲しい。ナイポールは、ラモンのはかない人生と無意味な死を同情の言葉ではなく、静かな怒りでもって語るのだ。

ナイポールのラモンと「太陽の馬」における悪友、ヴェンカタは、無論違うタイプの人間だ。しかし、ラモンはナイポールらしいし(つまり越境者の孤独で無意味な死)、ヴェンカタはとてもアナンタムールティらしい。ヴェンカタは、南インドにおけるバラモンの洗練された世界・秩序における道化のようであるのだけれども、その世界は死にかけようとしていて、ヴェンカタの息子は苛立ち、ふて腐れている。

Ananthamurthy_convert.jpg 
U. R. アナンタムールティ
1932年、シモガ近郊の村に生まれる。
正式には、Udupi Rajagopalachrya Ananthamurthyという。
アナンタムールティは  カンナダ語で書く作家だ。
カンナダ語は、カルナタカ州を中心に話されているドラヴィダ系言語で
6000万人の話者をもつという(『太陽の馬』に付された解説による) 。
二年前、バンガロールからマイソールまで一等の列車に乗った。
その時、一等客室の全員が、かなり年配の女性も含め
英字新聞を読んでいた。
マイソールでオートリキシャに乗ると、
運転手は例外なくカンナダ語の新聞をもっていた。
本屋に入ると カンナダ語の本の棚より英語の
方が充実している感じだった。
カンナダ語の文字はマハーバリプラムの彫刻のように
丸みをおびていてとても優しい。
一言も解せないがカンナダ語の本を手にとり、
その何とも可愛らしい文字面をしばらく眺めていた。


  ところで、「太陽の馬」Stallion of the SunにおけるStallionというのは、辞書をひくと「種馬」と出ている。去勢されざる、品種血統において抜きんでた馬、とは一体何を表徴しているのだろうか。ヴェンカタと語り手は、思春期のころ太陽に輝く「種馬」の美しい姿を通学途中で見た。再会の夜、二人はそんな思い出を語りあうのだ。・・・実際の人生の行路は限られている。ヴェンカタの生き方も、主人公の教師の職も、このようにしかならなかったのだ。ヴェンカタの息子がいくらふて腐れ反抗を繰り返しても変わらない。しかし、若かったころ二人が見た「太陽の馬」の輝くばかりの美しさは、一体何であったのか。二人は、超越的な力と自由を確かに目撃したのだ。しかし、ひょっとすると「太陽の馬」は、若い二人にしか見えなかったのかも知れない。今の二人は、回想するだけなのだ。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

24.U. R. アナンタ・ムルティ、『バーヴァ/あることとなること』U. R. Anantha Murthy, Bhava, New Delhi 1997, Penguin Books India, Translated from the Kannada by Judith Kroll with the author, First published in Kannada, Karnataka 1994.

南インドを走る列車の一等コンパートメントで
シャストリ老は、黒装束のアヤッパ巡礼者の首に下がっている
スリチャクラに目がとまる。
シャストリはそのペンダントに見覚えがあるのだ。
嘗ての妻がしていたものにひどく似ているからだ。
老人は、体の中に悪霊が入っていくのを感じる。
シャストリは妻のサロージャを殺し埋めたのだった。
そのペンダントはサロージャのものに違いなく、
殺したはずの妻は生き延びて、ここにいる男は、
妻を殺害したとき孕んでいた子なのだろうか、と恐怖する。
 

   学校の教科書で言うと、三大発明とは、羅針盤・火薬・印刷ということになるが、僕は前からそれにはちょっと物足りないものを感じていた。要は、もっとすごい―罪深くも、あまりに人間的で非人間的な―発明が人類にはあるではないか、と思うのだ。僕の三大発明を言うと、キリスト教における処女懐胎・広く世界で採用されていた宦官・インドの古代思想に起源をもつ輪廻という考え、ということになる。これは本当にすごいことで話し出せばえらく長い話になるが、とりわけ輪廻については、最近インドの小説を良く読むようになってから、この思いがことさら強い。キリスト教において処女がイエス・キリストを懐妊するというフィクションの創造もすごいが、また、生きていくために人間は何でもやらかすという意味で宦官もすさまじい(一説では、後宮の管理に手をやいていたペルシャ王に困窮していたユダヤ人が考え出したアイディアであるようだ)。それに比べると輪廻は、何やら思想的で高級な観念のようにも見えるが、必ずしもそうではない。輪廻という考え方が、極論すれば差別を醸成し、社会変革を退ける現状是認の根拠にもなる、またある時は殺人をも容易にする凶器なのだ。ところで、なぜ三大発明としての輪廻などということを言いだすかというと、今回読んだU. R. アナンタ・ムルティの『バーヴァ/あることとなること』は、まさしく輪廻についての小説であるからなのだ。『バーヴァ/あることとなること』は、生まれ変わり、死に変りの錯綜する輪廻転生に関する形而上小説だと言える。・・・しかし、それにしてもインドの作家は輪廻を描くのがうまく、また、インドの人々は輪廻についての話が本当に好きなのだなー、と僕は思う。
 
bhava280.jpg

   南インドを昼に走る一等列車のコンパートメントから小説は始まる。シャストリ老人は、隣合わせた黒装束のアヤッパ巡礼者の首に下がっているお守りのペンダント(スリチャクラ)に目がとまる。シャストリはそのペンダントに見覚えがあるのだ。嘗ての妻がしていたものにひどく似ているからだ。老人は、そう思うと悪霊が自分のなかに入っていくような恐怖にとらわれる。シャストリは妻のサロージャを殺し埋めたのだった。そのペンダントはサロージャのものに違いなく、とすると殺したはずの妻は生き延びて、ここにいる男は、妻を殺害したとき孕んでいた子なのだろうか、と恐怖する。
  アヤッパ巡礼者は、レンズ豆を―神々の食物であるかのように―口に運び、窓のそとを静かに眺めている。老人は、巡礼者に自分の豆をすすめる。巡礼者は、カンナダ語を解する様子はないが、すすめられた豆をとる。共食の儀礼は、洗練の極致を示しているようで、妻の殺害・悪霊の侵入・死者の生き変わりを嫌がおうにも盛り立ててゆくのだ。
  ジーンズ姿の陽気な乗客が巡礼者に声をかける、「お名前は」と。巡礼者は、「スワミ」とすげない返事をする。「いやいや、あなたが有名人で著名人にインタビューをしているテレビ番組を知っていますよ」と言葉を返す。その乗客は、ボンベイからマドラスに生地を仕入れにいくところだと言うが、老人は「ミート・イーター」(ノンベジタリアン)だと、蔑む。「あとでサインを下さいね。いい土産になります」と洋装の乗客は要求を告げる。彼らはシャストリに何度か食べ物を進めるが、「夕食まえなので」とか「外で買った食事は取らないことにしているのです」と拒む。

chakrabbb.jpg 
▲スリチャクラ
表紙のイラストは、スリチャクラを図案化している。
スリチャクラは、内側で接した九つの三角形によって成り立っている。
「スリ」は、女性神の意味で実際にはヴィシュヌの伴侶ラクシュミーを指し、繁栄と幸運を表徴する。英訳者ノートより。


   僕は、このコンパートメントの中のやり取りを描く最初の章が素晴らしい、と思う。十ページに満たないこの章が、この小説全体の展開を暗示している。逆に言うと、あとの小説はこの章で語られている謎のすべてについての注解である、と言ってもいい。なぜ、シャストリは身籠の妻サロージャを殺害したのか、なぜ、殺害し埋めたはずの妻が生き延びることができたのか、その後のサロージャの生活のこと、また、スリチャクラのお守りを首に下げている巡礼者は今までどのようにして生きてきて、これからどうしようとしているのか、等々の疑問についての回答、ある場合はヒントを読者に与えてくれるのだ。

SabarimalaRush2010.jpg 
▲ケララ州サバリマラ寺院
アヤッパ巡礼とは、ケララ州の丘の上にある寺院サバリマラへの巡礼を指す。アヤッパは、シヴァ神と女になったヴィシュヌ、モヒニとの子でシャスタとも言う。英訳者ノートより。


   U. R. アナンタ・ムルティの小説における極度の洗練は、ブラーミンのみが理解するもであったり、カンナダ語という一地方語であったり、また食事の作法であったり、僕には非常に限定されたものに見える。洗練とは、限定された世界にしかありえないことを言っているようでもあるのだ。
   この小説の極度の洗練は、実はその破壊とともに成り立っている。たとえば、調理された食物を夜半には取らない、といった食物の取り方についてのいくつものルールが繰り返されるなかで、ダーリットとの交情、アルコール飲酒、あるいはパーンを咬みながら主人を迎える情婦とセットで小説は語られてゆくのだ。
   図式的すぎるかも知れないが、この小説における極度の洗練とその破壊は、ある種の緊張を、おそらくヒンドゥー社会の変質を伝えているのだろう。その変質によって失ったものと得られたものとのせめぎあいをムルティは生きているように思える。作家は、南インドの限られたブラーミンの極度の洗練を慈しむ者であるとともにその限界に苛立つ者なのだ。

   ところで、V. S. ナイポールは、U. R. アナンタ・ムルティの初めての小説『サムスカーラ』を読んだ感想を、60年代を舞台にした小説にしては非常に古風なものを感じさせる、と述べている(『インド傷ついた文明』1978年、岩波書店)。この小説では、新しい時代の符牒をずいぶんとり込んでいるようだけれども(巡礼者ディナカールは、ウォークマンで『チベット死者の書』の朗読を聴くのだ)、迫力があるのはやはり古風なものなのだ。古風なものとは、伝統社会が長い時間をかけて作りあげてきた洗練なのだ。ナイポールが言う非常に古風なものとは、今になって思うのだが、それは南インドの限られたブラーフィズムの洗練をさしている、と考えるべきなのだ。

ananthamurthy2.jpg 
▲U. R. アナンタ・ムルティ
1932年カルナタカ州シモガ近郊の村に生まれる。サンスクリットを習う学校に通う。
マイソール大学で英文学の学士号と修士号をえる。1963年英国バーミンガムに留学。
1965年出版の『サムスカーラ(儀式)』Samskaraが一大センセーションを巻き起こす。
ムルティにとって英語は、議論の言葉であっても創造の言葉ではない、と語る。
U. R. アナンタ・ムルティは、英文学の教授(マイソール大学)であるとともに、カンナダ語作家なのだ。
パンカジ・ミシュラのインドの小さな街を巡る旅の記録『ルディアーナのバターチキン』Pankaj Mishra, Butter Chicken in Ludhiana, 1995にミシュラがムルティの故郷シモガを訪ねるくだりがある。50年代、この地域は土地改革の先進地帯であった。当時の活動家の話にミシュラは耳を傾けながら、アナンタ・ムルティもその熱気をともに体験したのだろうと想像する。そのあとのくだりが僕は忘れられない。当地のカレッジを訪ね、英文科の学生と言葉を交わすのだ。彼らは、英語を実用以上のものとは捉えていなく(学校の教科書しか読まない)、ミシュラがどんな英語の小説を読んだのかと聞いても、容易に答えは返ってこない。ひどく気まずい沈黙のあとに、通俗ロマン小説の名前があがる。ミシュラは、耐えがたい自己嫌悪に襲われ、アナンタ・ムルティという偉大な文学者を生んだ故郷の現実を思い知らされるのだ。


   小説の結語の部分をどう受け止めていいのか、僕は迷う。シャストリの娘は、シュードラのテロリスト(翻訳者の注では、ナクサライトが示唆されている)と学校からドロップアウトし、出奔する。食い詰めた娘は、シャストリの情婦に手紙を書き、父が知ったらチャルヴァック(相手のシュードラ)を殺すだろう、だからあなたに金をせびるのだ、と懇願する。元ボンベイの高級娼婦だった情婦のラーダは金を送ってやり、早く子供を儲けろ、そうすればすべてがうまくいくのだとアドヴァイスするのだ。この話の展開には、僕らの知らない世界のことがいくつも顔を覗かせていて興味深いけれども、子供の誕生が和解を生むという賢明なアドヴァイスは、作家が輪廻転生を肯定的な救いと捉えていると読んでいいのだろうか、と僕は思うのだ。グングの娘、マハマータが聖なる女となることよりは、新しい生命の誕生に作家は希望を見出そうとしているように僕には思えるのだが。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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