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27.ブーダディヴァ・ボース『駅舎にて』(あすなろ書房2011年刊、原著1951年刊)

カルカッタに向かうローカル駅の深夜の待合室で
列車事故で足止めされた四人の男たちは
寒さで眠れない夜を過ごすために
それぞれの思い出を語りだす
話が始まろうとするとき
若い新婚の二人が待合室のドアを開けるが
彼らはすぐに立ち去って行く
男たちはさまざまな純愛を語る
窮乏する隣家の娘は男をぴしゃりと拒絶する
愛を何度も囁いては去ってゆく人
友人に恋い焦がれる娘と結婚する医師
恋するモナリザへの少年たちの献身
寒い夜があけ、光輝く朝がやってくると
四人の男たちはばらばらに別れてゆく
男の一人は、荷物の横に寄り添う昨晩の二人に気付くが
朝の活気のなかで、またすぐに見失ってしまう


   アミット・チョウドリーがボースのことを大層買っていたのを思い出しながら、この本を読みだした。

   小説は、一見インド的なものからは遠い印象をもつ。19世紀、20世紀の初めのヨーロッパの小説に近い感じだ。つまり、ヒンドゥーの神々が登場しない、カーストに入れ込まれた貧困が見当たらない、カオスの噴出したインドの現実を感じさせない、食に関する禁忌の言葉がない、等々。四人の男たちは、一等列車で旅する上流人士であり、それぞれの愛の物語を語った翌日、昨晩の興奮から醒め、もうこれ以上言葉を交わしたくない、敢えて同じコンパートメントに座りたくはない、と思う自意識をもった人々なのだ。

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ブックデザインは、四人の男たちが朝を待ち
物語を語り合う駅の待合室に焦点をあてているようだ
しかし、その光景は、小説のとば口に過ぎない
原題は『モネール・マト・メイエ』Moner Moto Meye
(わが愛しの人)とのこと
原作はベンガル語で翻訳は英訳からの重訳

   物語の中心にあるのは、古典的とも言いたくなる純愛だ。しかし、その純愛は、逆に非常にインド的なものを僕は感じた。
   隣家の窮乏・立ち退き命令を救った青年は、かれの善意が決して押しつではないのに、何となく好意を抱いているその隣家の娘からはぴしゃりとはねつけられる。やる気一杯の母親に比較して聡明な息子が終始受け身の存在なのもヒンドゥー社会のある種の理想を描いているようにも思えるし、さらに施しを与えるものが施しを受けるものよりも優位であるとは限らない、ところが僕にはインド的に思えた。施しは神の仕業で、施すものも、施しを受ける者もともに神の僕(しもべ)としての仕事を行っているに過ぎない、かのようなのだ。

   最終章における少年たちは、恋するモナ・リザへ献身的に使える。しかし、献身は騎士道物語ではなくて、インドにおけるお仕えすべき主人と召使の関係にすごく似ている、と思う。サヒーブのためにサーヴァントはどんなことでもやる。重要なのは、仕事の内容や成果ではなくて、サヒーブとの関係なのだ。だからサヒーブは、サヒーブとして振舞うことがひたすら求められるわけで、モナ・リザは完ぺきなサヒーブであり少年たちは完ぺきなサーヴァントなのだ。このきわめてインド的と思える関係を、ボースは、これも一つの愛であると表明している、ようだ。

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ブーダディヴァ・ボース
1908年ベンガル地方クミッラに生まれる
人生の前半をダッカで、後にカルカッタを生活の拠点とする
詩や文学雑誌の編集にも勢力的に関わる
30年代のカルカッタにおける文学モダニスト・ムーヴメントのリーダ
著作は、詩を中心に小説・エッセイ・脚本・翻訳等多技にわたる
(カーリダーサのようなインドの古典を、あるいはボードレール、
ヘルダーリン、リルケ等のヨーロッパ語の詩作品をベンガル語に翻訳)
また、1967年刊の三角関係を扱った小説Raat bha’re brishhtiは、
猥褻を理由に発禁処分となる
1974年没

   ブーダディヴァ・ボースの『駅舎にて』という小説は、表面的な、インド的なポーズを極力しりぞけながら、あるインド的なるものの本質に迫ろうとしている小説に思える。インド的なるものが何であるかは、実際にこの小説を読みだせば容易に理解してもらえると思うのだが、一言付け加えると、それは愛しい者たちの気まぐれ、いくらかの毒を含んだ恋の香り、とでも呼びたくなるものなのだ。この小説における恋・愛の対象は、いい人というよりは素敵で魅力ある毒を振りまく女たちであり、その毒がインド的に僕には思える。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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