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21.高橋昌明『武士の成立 武士像の創出』(東京大学出版会1999年刊)

武士は芸能人
その出自は軍事貴族とする
武士の存在論と発生論からなる本書は
京の軟弱な貴族と東国の質実剛健な武士という
フィクションを解体する
事実検証におけるディティールの輝きもさることながら
力強い歴史的想像力が
現代になおも生き続ける
歴史のステレオタイプを宙吊りにする
 

   冒頭、「日本の古代・中世社会では、武士は芸能人であった」という箇所を古本屋で立ち読みし、矢張りそうであったのか、と思うとともにこの本をもうすこしきちんと読みたいと思った。 古本にしてもいい値段がついていて購入を躊躇し、十日ほどたって行ってみると棚から消えていた。こういう本を読む人が近くにいるのかと思うとどうしても欲しくなり、ネットで探して購入した。

武士像bbb
 
   著者は「・・・武士は芸能人であった」と書く。武士=芸能人説は、高橋氏の独自の見解ではなく、中世史研究の文脈のなかから生まれて(佐藤進一氏に始まる)、幾人かの研究者の論をへて現在は定説化している、という。ただし、現在ある程度認知されている武士=芸能人説は、僕のようなシロートが思い描いてしまう今日的な芸能人とは違う。
 中世における芸能人とはプロフェッショナルな技術をもつ者たちという意味で、現代のようなテレビタレントや俳優、歌手といった狭い意味ではないようだ。中世における「芸能人」とは、遊女・白拍子・鼓打・琵琶法師から、より広く蒔絵師・紙漉・鍛冶などの手工業者、全経博士・天文博士・算博士などの学者、さらに博奕打をも含む。つまり、そういう様々な専門家のなかにあって「武士とはなによりも、『武』という芸(技術)によって他と区別された社会的存在」としての芸能人なのだった[1] 。

   それでは、「・・・武士は芸能人であった」とあえて言う必要はないのではないか、と考える人もいるかも知れない。しかし、この本全編から伝わってくるメッセージは、それでもなお「・・・武士は芸能人であった」と言わなければならないのだ。
つまり「たんに武勇に優れているだけでは、まだ武士たりえない」ということ、あるいは「私戦からは武士身分は生まれない」ということに繋がる。本書ではより学問的な議論を展開しているけれども、僕流に要約していえば、武士とは、武、あるいは暴力という呪術的な威力、神通力を演ずるものであり、そのパフォーマンスによって王権そのものを再現前化(著者は、Repräsentationをもっとも適切な概念としてハーバーマスを援用する)するとともに(具体的には、天皇の護衛と都の治安維持)その点において社会的有用なことを本質としている。武士とは「武」という技術によって闘う者であるとともに、また、それ以上に「武」を演じる者でなければならないのだ。

   歴史事象への説明としては、武士と弓の関わりについて詳しく、馬上の射芸の意味論から、頼朝による騎射芸奨励、さらに弓の製法・変遷などの技術論・技術史など、読み応えがある。特に、頼朝がかなり無理をして、今でもよく知られている「鶴岡八幡宮流鏑馬(やぶさめ)行事」を作り上げた経緯は(平氏の残党や罪人までも動員し、それでも逐電したり参加を固辞する武士が続出したという)は、これぞ良質の書物でしか味わえないダイナミックな感興を体験できた。
 
   「芸能人として武士」論と、もうひとつの刺激的な論点は、軟弱な貴族の退廃、武士の質実剛健といった歴史観についての疑問だ。言われてみればまったくその通りだと直感的に理解できるのだが、著者は、支配に携わる現実の貴族は、実務的で猛烈で、時に粗野、必要とあれば軍事をも拒否しない存在なのだと指摘する。そういう貴族の実際の姿が、「儀式や享楽にあけくれ、無為と退廃の中で行く手を見失った都の貴族」というステレオタイプに、どのように変質してゆくのかを見てゆく。僕にとって印象深かったのは、『源氏物語』の影響(『源氏物語』に描かれている恋や歌の世界を王朝貴族の本領であったと考えるべきではないと著者は考える)と[2]、我が国における近代歴史学の泰斗原勝郎が描いたイデオロジックな図式・物語の影響についての考察だ。

   「深い東国農村で農業経営や開発にいそしみながら成長してゆく武士」という物語もいわれてみれば疑わしい。こちらは、 地方農村の領主が武装化し「国衙」(こくが)と密接にかかわりながら武士として成長してゆくとする 領主制論への批判として中世史としてはもはや常識になっているようだが、著者は、武士が武官系貴族や軍事貴族(平氏の出自もそこにある)のなかから、東国ではなくむしろ京を中心に、つまり王権との関りにおいて育っていくさまを描いている。武士が、軟弱な貴族の克服者としては登場してこないのだ。

   本書は、歴史についてのいくつかの現代の神話を解体してゆく。しかし、それは実は表面的な感想かも知れない。この本の本当の魅力は、やはり「日本の古代・中世社会では、武士は芸能人であった」と言い切る危うさ・勇気にあるのではないか、と僕は思う。著者の資質は、ひたすら学問の手続きに忠実であろうとするよりは、時には歴史的想像力の正当な導入をはかり、歴史物語のより豊かな展開を狙っているフシがあるように感じられるのだ。それは、歴史が、根本において人々や民族の壮大な物語、意味付けを求められるという運命を知っているからではないか。歴史の使命は、間違った夢を拒むこと(通俗的歴史観、神話、国家イデオロギーであったりする)、そして真実に根ざして僕たちのより豊かな夢を描くこと、にあると考えたい。

[1] 芸能人が現代のようにごく狭い意味でしか使用されなくなった意味の変遷をたどることも、また興味深い。なぜ春をひさぐ「エステ嬢」を、もはや芸能人とは呼ばなくなったのか、あるいは、中世における遊女が、現代の「エステ嬢」とは、本質において異なる存在なのか、僕は知りたいと思う。かつてルポライターの竹中労が、ワタナベ・プロダクションを現代のおきやであるとして批判し物議をかもしたことがあるが、歴史的ペースペクティブにたてば、むしろワタナベ・プロは中世的伝統を継承、あるいは図らずも先祖返りを演じていることになり、逆に竹中の芸能観が実はモダニズムの域を出ないものだと言えるかもしれないのだ。竹中は社会的良識を毛嫌いしたが、権力に近い筋と芸能人との性的な結びつきこそは、より本質的でスリリングな課題をもっていたはずだ。現代の民主的な良識には収まりきらない、人間存在の支配と欲望を、あるいは階級逸脱の性を、あるいは権力と最下層の結びつきによる宇宙の再生を描きだしてはいないだろうか。

[2] 王朝貴族の本領は、『源氏物語』に描かれている恋や歌の世界ではなかった、という論点については、僕も同感だ。文芸は、もともと生活や社会活動の本領を描くことをしない、と僕は確信している。現代のテレビ番組にしても、サラリーマンの仕事が正面から取り上げられることはまずない。なぜ文芸は、生活や社会活動の本領でなく逸脱を描くのか、ということを僕はずうっと気になっていた。これも良く分からないことだけれども、何となく感じるのは、物語は、例外的なことをとりあげることによって、人々の深い夢を、望みや欲望を表徴する、ということに似てはいないだろうか。しかし、それは社会生活の本領においては成り立たない。

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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August Party

Author:August Party
元気な南アジアの作家達をともに発掘してゆきましょう。気分でその他のジャンルも取りあげたい。
画、舟越直木作“微笑む少年”2009年

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